二言挨拶のマニュアル化はやめましょう

二声あいさつ運動、と呼べる動きが昔コンビニ業界にありました。

「いらっしゃいませ。おはようございます」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

など、最初の挨拶だけでなく、もう一言付け加えるような接客をしよう、という運動です。

この場合の「〜〜しよう」が意味するのは、それをマニュアルに組み込んでしまう、ということです。ええ。おぞましいですね。

たぶん、好成績を収めているお店があり、そのお店の施策が「成功事例」として周知されていったのでしょう。有用な知見を共有することはとても大切なことなので、気持ちはわかります。でも、上記のような二言挨拶をマニュアル化してしまうというのは、かなり微妙です。

そもそもとして、そのお店のオーナーさんが全力で良いお店を作りたいと思い、スタッフもそれに共感して、そこから出てきたのが二言挨拶なのでしょう。そういうお店は、好き嫌いはあるにせよ、リピーターを多く獲得できると思います。当然、売上げもついてくるでしょう。

それはそれで素晴らしいことなのですが、どう考えてもここにある構図は、「良いお店を作りたい」→「お客さんにもっとアピールしよう」→「そうだ、挨拶だ」という流れなはずです。この流れを加味せず、「挨拶するようにすれば、良いお店になる」と考えるのは、さすがに早計でしょう。短絡的と言ってもいいくらいです。

しかも、です。

このマニュアル化の一番の問題点は、旗振り主が一切のコストを払う必要がなく、全コストをスタッフに押しつけていることです。指示する方は気楽ですよね。挨拶を一言を増やせと命じればいいだけですから。しかし、たとえば1日に来店するお客さんが1000人いるお店なら、一日に1000言増える計算です。その分、スタッフが余計に口を動かしているのです。

それでもし、効果に見合うだけの利益向上が見込めるなら、我慢もできるでしょう。利益があがり、時給があがるならば、「これも仕事だ」と納得できるかもしれません。でも、コンビニ業界は低迷しています。客数は減り続けているのです。

もちろん、対照実験をしているわけではないので、「二言挨拶をしていたから、このレベルの減少に留まっているのだ。していなければもっと酷い事態になっていた」という反論を退けることはできませんが、でも単純に考えてみてください。「あのお店、二言挨拶しているから(他の要素はぜんぜんダメでも)もう一度来店しよう」などと思うでしょうか。思わないですよね。逆に、二言挨拶していないから、もう二度と行かないとか思うでしょうか。思わないですよね。

実体験から演算してみれば、簡単にわかる理屈です。でも、どこかのお店の「成功事例」を取り込み、あげくのはてにマニュアル化してしまう。

これでは、ただ体裁を整えているだけと言われても仕方がありません。少なくとも、こういうのを「知見の共有」と言うのは難しいと思います。

でもって、ちまたの「成功法」からも同じような臭いがプンプン漂います。