情報の蛇口を絞り込む

目に入った情報に対する反応を、自意識はコントロールできない。

悲しくなるものは悲しくなるし、苦しくなるものは苦しくなる。
怒りに燃えるものは怒りに燃えるし、癒されるものは癒される。

多少抑え込んだり、別のことに注意を切り替えるようなことは自意識でも可能だが、その力は非常に弱々しい。

よって、自意識にできることと言えば、何を目に入れるのかを制御することである。

何かが目に入れば、私たちの心はそれを処理してしまう。その処理反応は否応がないものだ。

サブリミナル効果というものもあるが、あそこまで「深層意識」感はなくてもいい。ただ単に、私たちは目にしたものを処理し、反応してしまうというだけだ。

だから、何を目にするかについては、二つ考えておいた方がいい。

質と量だ。

あなたを怒らせるものをわざわざ目に入れる必要はない。
あなたを悲しませるものをわざわざ目に入れる必要はない。

人生は理不尽なので、放っておいてもそれは目に入ってくる。重力3倍でのトレーニングが好みなら止めはしないが、そうでなければあえて踏み込む必要ないだろう(これは同時に、そうしたものから完全に目を逸らせ、という話でもない。ほどほどで充分ではないかという話である)。

さらに量である。しかも、単位時間あたりの量。

短時間に大量に流れてくる情報は、それだけ心の処理機構に負担を掛けている。
情報反応に鈍感な人であれば、たいしたことはないが、そうでない人には非常に負荷が高い。
これはやめた方がいい。

それと共に、そうした大量に流れてくる情報を欲しているその心的状況にも注意した方がいい。
それは本当に必要なのだろうか。
必要でないならば、自分はなぜそれを求めているのだろうか。

現代では、情報環境を構築していくのはマスメディアではなく個々人の役割になっている。あなたのタイムラインは、あなたが作るのだ。

大量にフォローして、ぜんぜん見ていないなら問題ない。
大量にフォローして、見ているのに気にならないのも問題ない。

でも、そうでないなら注意が必要だろう。

情報に対して、心は処理してしまう。人の個体差を考えれば、より鋭敏に反応してしまう人もあるかもしれない。裸眼で太陽を見つめるようなものだ。

その適切さについて、まだ現代社会は教える術を持たない。だから、自分で調整し、管理していくしかない。