3-叛逆の仕事術

せいかくしんだん

性格診断にはあまり興味がないのですが、それでもいいなと思えることがあります。

それは、「人は皆同じではない」という認識が得られること。

戦士タイプもいれば、魔法使いタイプもいます。当然、それぞれで活躍できる場所は違っています。

大声で語られる「成功」が、勇者のそれだとして、自分が遊び人なら、その成功を目指しても虚しいだけでしょう。言い換えれば、「人は皆同じではない」という認識は、「成功の形は皆同じではない」という認識のトリガーとなります。そこから、生き方の多様さが生まれてくるならば実に素晴らしいことです。

しかし、それが所詮類型でしかない点には注意が必要です。人類が現在70億人程度いるとして、それを8とか16のタイプで完全に分類できるかというと微妙でしょう。また、ブラックスワンのように、未だ見出されていない類型の存在も考えられます。少なくとも、それくらいの想像力の射程を持って、類型とは付き合いっていきたいところです。

たとえば、「16Personalities」というテストで私は「仲介者」という結果を得たのですが、これは見事に当たっています。しかし、私には(人生経験から得てきた)ギャンブラー気質と天の邪鬼体質もあり、仲介者×ギャンブラー×天の邪鬼、みたいな表現が体感的にはぴったりきます。でもって、この項目を増やせば増やすほど、「70億人分の表現」に近づいていくでしょう。最終的には、人は一人違う、という話になりますね。

もう一つ言えば、仮に私が「仲介者」だとしても、これからの自分の活動を決める上で、「自分は仲介者だから〜〜をしよう」とは別に考えません。それって、何かちょっと変です。自分の無意識の行動の結果が、仲介者という傾向になっているのですから、わざわざそれを意識する必要はないでしょう。これまでと同じように、判断し、行動していけばそれでよいはずです。何かしらの反省や改善はあるにせよ、「自分は仲介者だから」という言説はその時点では不要だと感じます。

「自分は仲介者だから」というのは、ある種の自己催眠ようなものであり、そのような指針をとればとるほど、なるほどたしかに「仲介者」に近づいていくでしょうが、それは先ほどの掛け算の項目を少しずつ減らしていくことに相当します。結果から類型を導き出すのではなく、類型に合わせるように行動を選択する。その先に待っているのは、生き方の多様性でしょうか。それとも鋳型でしょうか。

おそらく、性格診断的なものから得られるのは、

・人は皆同じではない。同じでなくても気にしなくていい
・似た類型の人の工夫は、自分にも役立つかもしれない

ということでしょう。それ以上の「人生の指針」にはならないかと思います。あくまで、自己理解のための補助線のような感じですね。むしろ、そこで足を止めるのではなく、解像度を上げていく方法に進むのが良いような気もします。

でもって、最終的に忘れてはいけないのは、「そうは言っても、我々は人類という同一の種なのだ」という認識です。これがなくなると、他者を疎外する自分勝手が繁殖し始めます。たいへんです。