うまくまとまらないものを、何度も考えたい

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最近は、Scrapboxを使っているので、そこでメモを取りながら拝読させてもらうことが多い。やはり物を考える上で、書くことはとても大切だ。

そうして書き留めたもののうち、いろいろな要素(完成度、シェアする内容であるかどうか)を加味して、一つツイートすることにしている。ミニ・アウトプット。

アウトプットされたものはいい。すでに自分の中で一定のまとまりが生まれているし、それは微かな固体性(あるいは個体性)を手に入れていると言える。また、ツイートされたものは私以外の人間の目に止まることになり、ときおりRTされたりファボをもらえたりする。その通知が、私に自分が書いた内容を想起させる。記憶を強化する方向性があると言っていいだろう。

では、メモ書きしている段階では、うまくまとまらなかったものたちはどうだろうか。

それらは、その段階では材料不足なり、思考不足なりがある。だからこそ、まとまらなかったのだ。

ということは、そうしたメモ書きについては、折を見て思いだし、考えを深めていきたいと思う。が、そのような仕組みはあるだろうか。

アウトプットしたものは想起される可能性を持つし、そうでなくても私は一週間に一回自分のツイートを再読しているので、そこで想起もされる。しかし、まとまらなかったものは、単にそのまま放置されているだけである。

時間と情報に押し流されていき、深く考えるための機会を与えてもらえない。むしろ、それこそがそうしたメモたちに必要であるにも関わらず、だ。

ここで分岐が発生する。そのような問題に対処するか、しないか、という分岐だ。

無限の情報と有限の時間の中で、あっさり割り切る手もあるだろう。つまり、少し考えてまとまったものだけを、以降の思考の材料とし、他は投げ捨ててしまう、という方針だ。北京ダックの皮だけを食べる、というのに似ているかもしれない。

その方針だって、別に構わないだろうと私は考える。求められるアウトプット量が少ないのならば、まとまったものだけを相手にしていても不足はないはずだ。

しかし、それでは物足りない、という向きもあるかもしれない。格闘漫画の主人公のように、「もっと強ぇやつと戦いて〜」みたいな欲求を抑えられない人間だ。そうした人には、何らかの仕組みが必要である。忘却と埋没に抗う仕組みが必要である。

さて、一体どうすればよいだろうか。

考えられる一つの答えが、専用のラインを持つことだ。「うまくまとまらなかったもの」たちを集め、一列に並べるリストを作ること。そうして掬い上げることで、まとまらないものたちとの再会の機会をセッティングする。これは各種アウトライナーで実現できるだろう。

では、他にはどうだろうか。

たとえばScrapboxだ。最初の例で言えば、「自分の前にある有益な時間を、誤った推論で濁らせないように注意しましょう」と「教える方にも、教わる方にも、悩みがある。」を新しいページとして切り出しておく。そして、リンク化を行う。どんな言葉をリンクにするのかはわからない。そのときの自分のマインドで変わってくるだろう。

が、とりあえず何かでリンクにしておけば、別のときにリンク化作業を行ったときに、そのページが表示され、想起が促されることになる。そして、そのときにもう一度改めて考えればいい。

一応各ページには、#後で考える のようなハッシュタグを添付しておいてもよいだろう。しかし、これはおまじないのようなものである。あまり効果は期待しない方がいい。なぜか。後で考えるためには時間が必要なことと、そもそも#後で考える というハッシュタグの存在を私たちは忘れてしまうからだ。

#後で考える ハッシュタグの効果は、どこかで#後で考えるページを開いたときに、別の#後で考えるにアクセスできる点と、自分が別のリンクからそのページを開いたときに、「そうか自分はこれについて後で考えようと思っていたのだな」を思い出す効果くらいしか期待できない。

むろん、まったくぜんぜん意味がないわけではない。pin留めしてあるindexに#後で考えるを添えておくことで思い出せる確率をグンと上げることができるし、そもそも「後で考える」のページをpin留めしておいてもいい。そこまですれば、たしかに後で考えるを実行できる可能性は上がるだろう。しかし、逆に言えばそこまでしなければなかなか実行が進まないことも確かなのである。なぜなら、私たちにはやることが一杯あるからだ。積極的にコミットメントを形成しない限りは、なかなか実行は生まれない。

その点、リンクで添えておくだけならば、強制力はあまり必要がない。なぜなら、気になるからだ。リンクは気になるのだ。ついつい開いてしまう。ついつい読んでしまう。そして、思考が進む。

そのような、ある種の偶有性に身を任せることも一手である。

もちろん、そのような進め方ではいつまで経っても考えが深まらない可能性がある。期限が決まっていて、そこまでにアウトプットをまとめなければいけない、という制作ではまったくスピード感が足りない方法である。でも、これも一つの方法だ。

私たちはようやくそうした方法に適したツールを手にしたとも言える。アクセクしない知的生産。あるいは生産を強く志向しない思索活動。

時間をかけてじんわり進んでいく施策も良いものである。

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