Scrapboxの用法

開かれた情報共有?

少し前、コンビニ店長のノウハウをまとめた「コンビニ店長虎の巻」というのを作ろうとしていた。していた、というか現在も企画中である。

書くことは、山のようにある。10年以上現場で働いてきたので、知見は山積みだ。しかし、それを「虎の巻」としてまとめようとするのは難しい。単に数がたくさんあることもその理由だが、知識と領域が入り組んでいるのもやっかいなのである。

たとえば、人材育成の話は人材採用の話と密接に絡んでくる。片方だけで話を終わらせることほできない。同様に人材育成の話は、人件費の話と絡んでくる。それはつまり、より大きな視点での経営の経費管理の話につながってくることを意味する。

「虎の巻」を仕上げるためには、このように入り組んだ情報の糸を選り分けて、読みやすいように・理解しやすいように整えなければならない。その難易度は、単純に「自分の頭の中にある知識を外に出す」ことに比べれば、はるかに高い。

もちろん、私は物書きであるからして、そういうことはできるし、得意であると言ってもいい。その手の作業に、ジグソーパズルを組み上げるような楽しさすら感じる。

が、それは一般的に求められるものではないだろう。

何かのノウハウを持つ人間がいるとして、その人間が自らの知見を共有したいときに、「本を一冊書き上げる」ためのスキルを持たなければ、それが達成できないとしたらどうだろうか。ずいぶん不自由な話ではないか。

むしろ私はこう思うのだ。これまでの私は、高いスキルを情報発信者に求めすぎていたのではないか、と。

たとえば、私はみんなブログを書けばいいと思っている。ちょっとしたアイデアでも、ちょっとした意見でもしっかり「自分の場」で発信することが大切だと感じている。でも、1000字とか2000字で、それなりに読める文章を書くのは、実はそんなに簡単なことではないな、ということにいまさらながらに気がつき始めている。

むろん、それが容易なことではないのは(主に実体験から)充分に承知している。だからこそ、このブログや書籍を通じてさまざまな「知的生産の技術」を紹介・解説しているわけだ。少しでもそれが楽にできるようにと。

しかし、どこまでいっても、苦労がゼロになることはない。梅棹忠夫の言う「あたまをはたらかせる」ことが0になることはない。どれだけライフハックを駆使しても、本を書く苦労が150から100に減ることはあっても、それが5とか1とか、ましてや0になることはない。むしろ、そうなったら、それは本ではなく、ただの文章の寄せ集めに過ぎなくなるだろう。

文章を書いたり、本を書いたりすることの苦労は消えないし、どうやらそれは私が想定しているよりもずいぶん高いレベルにあるらしい。

だからこそ、私は本を書くことをすすめる。そうした知的格闘の果てに得られるものがきっとあるからだ。しかしそれは、護身術身につけるために一度天下一武道界に出場してみろ、と言っているのに等しいのかもしれない。

はたしてそれが本当に「開かれた情報共有」に向かっているのかと考えると、いささか心許ない気がしてくる。むしろそれは、「文章を書くことに長けた人」だけが活躍できる舞台で戦おうとしているだけではないか。それって、実はちょっと傲慢なのではないか。そんな気がしている。

改めて言うまでもないが、私は物書きであり、複雑な情報のリゾームを、ツリーの形に整えることが仕事であり、そのことに意味があると(あるいは意義があると)強く信じている。時代を経ても、本というコンテンツは(あるいはメディアは)偉大なのだ──と信じているからこそ、こうして物書きの仕事をしているわけだ。

しかし、その価値観で情報共有のすべてを支配しようとするのは、やはり行きすぎというものだろう。職場の簡易のマニュアルを作るために、本の書き方をみっちり勉強するというのは、どこかおかしい気がする。「おかしい」というか、少しばかりの本末転倒感がある。

「小さな断片でいい」「不十分でいい」「順番は考えなくてもいい」

という方針で出発できるScrapboxは、ここまで書いてきたような価値観を転倒させるきっかけになるかもしれない。知識の共有は、もっとラフに、あるいは楽にでもいいのだ。その代わり、その知識の権威性は失われるだろうが(誰が書いたか、があまり重視されないため)、マニュアル的なものにそうしたものは必要ないだろう。むしろ草の根的に集まる現場知の方が重要ではないだろうか。

私は別にツリーとネットワークを対立させようとは思っていない。これまでと同じようにこれからも私は、本を書ける人間がひとりでも増えたらいいと考え、そのための技術を共有していくだろう。が、それはそれとして、もっと身近な情報共有が広がってもいいはずだ。

そういうことを、最近Scrapboxを使いながら考えている。

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