私は別にエンジニアというわけではないが、「知的生産術」と言われれば興味を持たないわけにはいかない。それに、著者のScrapboxは興味深く拝見していたので、まあ、間違いはないだろうとも予想していた。予想は間違っていなかった。
技術評論社
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本書は、非常に濃厚である。一瞬、いかにしてソフトウェアを開発するのか、という話が展開されそうにも思えるが、むしろ中心的なテーマは「学び」である。いかに読み、いかに記憶し、いかに考えるのか。それが語られていく。
目次は以下の通り。
第1章:新しいことを学ぶには
第2章:やる気を出すには
第3章:記憶を鍛えるには
第4章:効率的に読むには
第5章:考えをまとめるには
第6章:アイデアを思い付くには
第7章:何を学ぶかを決めるには
面白いのは、情報収集や生産に直接関係することだけでなく、「やる気を出すには」のような裏方的な話もきちんと押さえられている点だ。継続的に学習を進めていく上では、やる気の問題は避けては通れない。その意味でも、実践的な内容と言えるだろう。
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本書ではさまざまな内容が語られているわけだが、一番重要だと思えたのが、学びというものの捉え方である。
まず著者は、学びのサイクルを提唱する。
↓
具体(情報収集・体験)
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抽象(抽象化・モデル化・パターンの発見)
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応用(実践・検証)
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このサイクルがぐるぐると周り続けることによって、私たちは「知識」(ととりあえず呼んでおく)を獲得していく。ここまではよくある話だが、著者はそこに知識ブロックの積み上げのモデルを交差させる。
まず、一つの段ボール箱をイメージしてほしい。それが、具体の段階で私たちが手にできるものだ。その箱をよっこらせと地面に置く。
抽象のプロセスでは、その地面に置いた箱の上に新しい箱を置く。
たしかに、抽象化というのは、具体性に潜む共通素を抜き出す行為なわけだからして、このたとえはイメージしやすい。もちろん、再帰的にこのプロセスは繰り返すことができる。
ここまでもまだ、わかりやすい話だろう。しかし、著者はここに「奥行き」を加える。それが実践や検証である。
一つ上に積み上げた箱は、本当にその場所で正しいのか。実は、何か足りていないもの、見落としているものがあるのではないか。そうしたことを考えなければ、積み上げた(かのように見える)ブロックは張り子の虎である。ちょっとした衝撃であっさりと崩れ去ってしまう。この奥行きの話が、多くのノウハウ本で欠落している。
「わかりやすい」本では、頂点にある黄色のブロックを提示してくれる。「ほら、これがノウハウですよ」と親切な笑顔を浮かべて手渡してくれる。それは情報共有という点では、非常に効率的なのだが、受け取った人間の知識ブロックが平面であれば、著者と同じ高さにそれを積み上げることはできない。地面にそのまま置くしかない。
むろん、そのような知識は使い物にならないか、使えるにしても状況は限定的である。情報の送り手は高く積み上がった箱があり、しかも試行錯誤による奥行きを持っている。だから、多少状況が変わっても対応していけるが、ぽつんと一つ箱だけを手渡された人間ではどうしようもない。だから、受け手は受け手なりに、自分で足りない分の箱を積み上げていくしかない。
この視点に立てば、ある種の実用書が「わかりやすい」反面、あまり役に立たない理由がすっと見えてくる。ブロックが徹底的に足りていないのだ。
同様に、「ライフハッカー」と「ライフハックテクニックを知っているだけの人」の違いも見えてくる。前者は、状況から問題を認識し、試行錯誤を経て、問題解決に向かっていくプロセスを内在化させているが──つまりたくさんのブロックを積み上げていくことが習慣化されているが──、後者はそうではない。その違いは、複数の複雑な問題が降りかかってく状況において顕著に表れるだろうし、つまるところ現実というのはそのような状況の連続なのである。黄色い箱が、ただそこにあるだけでは、どうしようもないのだ。
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本書は上記のような学びのサイクルをベースに、ではどうすれば実際に学んでいけるのか、という話が展開されていく。さまざまな領域の話が出てくるので、私は『リファクタリング・ウェットウェア』と印象が重なった。いかに私たちの脳を有効活用するのか、という点では両者は共通している。
また、本書の第5章および第6章では、いわゆる「知的生産の技術」の話も展開されているので、情報や発想に興味を持つ人でも楽しめるだろう。
タイトルには「エンジニアの」と銘打たれているが、もう少し広い読者を受け入れられそうな本である。
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