Scrapboxの用法

トレーディング・カードゲームの3CとScrapbox

以前、「トレーディング・カードゲームの3C」というのを考えたことがある。

以下の三要素がトレーディング・カードゲーム(以下TCG)の面白さを構成しているのではないか、という仮説だ。

  • collect(集め)
  • combine(組み合わせ)
  • compete(競い合う)

まず、カードを集めること。これが楽しい。パックをペリペリ剥いていくのも楽しいし、交渉して誰かとカードを交換するのも楽しい(というか、それがTCGの醍醐味の一つでもあった。なぜ過去形かと言えばデジタルのTCGではそれがないからだ)。

次に、それを組み合わせてデッキを作る。これも楽しい。かなり中毒性がある。手持ちの資源を活かして、最大の効果を発現させるわけだから、まったくもってこれはマネジメントである。徹底的な強さを求めるのもよし、趣味全開に走ってもよし。千差万別の楽しさがある。また、誰も身につけていないカード同士のコンボを発見するのも、パズル的な面白さがある。

でもって、それらのデッキを使って対戦する。人間は勝負事が大好きである。人類全てがそうとは言わないが、少なからずの人間が闘争本能というか、競争で勝つことに楽しみを感じる。もちろん、なんでもいいから勝つという人もいるだろうし、一定の手段を経て勝つが面白い(たとえば、あえて不利な状況でスタートして勝つ、など)という人もいるだろう。なんにせよ、そういう楽しさは競争という関係性の中から生まれてくる。ひとりぼっちではなかなか生じない。

と、上記のような楽しさがあるのだが、これらは相互に作用する。

たとえば、勝ちたいから強いカードが欲しくなり、強いカードが欲しいからカードを集める。で、集めたカードを組み合わせて、競い合うためのデッキを作るのだが、作っているときに意外な発見をすることがあり、それが新しいデッキの軸になったりする。で、そうして作ったデッキを使って対戦し、結果を得る。勝つにせよ、負けるにせよ、そこからは何かしらのフィードバックが得られる。それがエンジンになって、また集めたり、組み合わせたりすることが加速していく。

とまあ、こういう感じでずるずるとTCGにのめり込んでしまうわけだ。

そう考えてみると、Scrapboxが持つ魅力みたいなものも、結構この3Cから説明できるのではないか、みたいな妄想が膨らむ。

まず、集めることだ。Scrapboxでは、情報を集めていく楽しさが味わえる。特に誰も指摘していなかったので、ここで一応しておくと、wikiというのは新しいページを追加しても、その「実感」が得られない。たしかに左の方の更新履歴とかにその感触みたいなものは表示されるのだが、それだけである。

その点Scrapboxは、ページを追加すると、Home画面にページが追加される。いかにも「増えた」という実感が湧いてくる。だからScrapboxは(wikiに比べると)楽しい。集めている感じがする。

実際これは、Scrapboxに限定されるものではない。カード表示のEvernoteもそうだし、似たUIのツールでも同様だろう。とりあえず、増えるのは単純に楽しいのだ。wikiがその「実感」にリーチできなかったから、私みたいな怠惰な人間では続かなかった(情報を増やし続けられなかった)のではないかと愚考している。

続いて組み合わせだ。これはもう、圧倒的にScrapboxであろう。ページリンクを作るのが圧倒的に楽であり、それにより関連ページがずずずいと表示される。「組み合わせ」が勝手に提示される。一つのページに記入しているときに、このページにどんなリンクを付け加えれば「楽しいか・嬉しいか」をつい考えてしまう。

もちろん、その「楽しさ」や「嬉しさ」は人によって違うだろう。それはデッキ作りの目的が違う、というのと同じである。が、どう違うにせよ、Scrapboxの機能は役立つ。それは間違いない。

最後に競い合いである。もちろん、情報整理に競技性はない。得点もなければ、勝利条件もない。でも、他者との関係性というのは、たしかにある。

・自分のページをツイートしたら、コメントがもらえた
・プロジェクトの他のメンバーにコメントがもらえた、説明がもらえた、訂正がもらえた
・自分のページが、他の人のプロジェクトに言及されていた

この辺は、Evernoteなどのおひとりさま情報整理ツールというよりは、ブログなどの要素に近い。

で、こういうリアクションが発生すると、(説明として)新しいページが作りたくなってくるし、あるいは何かしらの関連を思いつくこともある。こうなると、ぐるぐると相互作用循環が回り始める。

ここまでくると、おそらく中毒性のようなものが強く発生するだろう。それが良いことなのか、そうでないのかはジャッジメントが難しいが、プロジェクトが充実していくことは間違いない。

とは言え、一番最後の要素(競い合う)に関しては、まだ私は「触り」のようなものしか得られていない。なにせ共有するプロジェクトたちはスタートしたばかりである。それでも「考えて、生み出す技術(TAC)」において私以外の人が書き込んでくれ、それに私自身が反応して新しくページを作っているようなときに、その感覚は強く私の中に浸食してくる。

おそらくその感覚は、wikiというものの思想性の根本に位置するものであろう。人と人が知識を分け合うこと。(インターフェイスを挟んで)脳を接続すること。それがwiki(システム)が目指すところであったのだろうが、結局私はwikiを使い切れなかった。あんまり楽しくなかったからだ。

でもそれが変わりつつある。それはとってもすごいことだと感じる。これは一切の誇張なく本当にそう思う。メディアはメッセージであり、マッサージでもある。私たちの何かを変えていく。

Scrapboxは、ライブである。静止を否定し、活動を促す。

Scrapbox(の中身)は動き続ける。うねうねとリゾームを伸ばし続ける。

だから静止を呼び込むツールと比較しない方がいい。それらはまったく別の目的を持つツールなのだ。鍬とマイクくらい別の目的を持つ道具なのだ。手に握って使うという共通点はあっても、同一平面で比較しても意味はない。

Scrapboxは、楽しい。ブレイン・フレンドリーという点もあるが、それだけではない。

でもって、そこが一番大切なのだろうと思う。

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