Scrapboxの用法

『エンジニアの知的生産術』と『ハイブリッド発想術』におけるアイデア畑の差異と共通点

『エンジニアの知的生産術』を読んでいたら、少し驚いた。

第6章「アイデアを思い付くには」で、〈アイデアを思い付く3つのフェーズ〉が紹介されているのだが、そこで用いられているのが、畑のたとえなのである。

耕すフェーズ
芽生えるフェーズ
育てるフェーズ

で、何に驚いたのかと言えば、拙著『ハイブリッド発想術』でも発想の過程をアイデアの種とその成長にたとえているからだ。

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種を見つけ、それを植える
種から根と芽が伸びる
実ができあがり、それを収穫する

おもしろい共鳴関係だ。発想について探究し、それを誰か他の人に伝えようとしたときに、同様のたとえ(≒インターフェイス)が出てくるというのは、示唆的である。本質的、と言ってもいい。

たとえの差異

しかし、二つが意図するところは、似ていて、また違っている。

まず『ハイブリッド発想術』には、耕すフェーズ、というものはない。拙著において、畑とは発想者の脳そのものであり、日常的な姿勢(考え方)が大切であるから、「発想」のフェーズには入っていないのだ。

ちなみに、私が言うところの「畑を耕す」とは、土を柔らかくするということであり、それはつまり「既成の概念にとらわれずに思考できる余地を持つ」ということである。「AならばB」という対応関係が認知的に固定されているならば、「AならばC」というアイデアは絶対に生まれない。一般的・常識的なその対応関係をずらすところに発想の肝があり、ずらせる思考にこそ発想力の源がある。

一方で、『エンジニアの知的生産術』には、収穫のフェーズがない。本を書くとわかるが、自分の知識全てを一冊の本に込めることはまずない。いろいろな制約のせいで込められないし、込めたとしてもメッセージがぼやけるだけなので、基本的にはシャープに整えられる。そのような構成もまた、発想の一部であろうとと捉えたのが『ハイブリッド発想術』であった。なにせ多くのアイデアが力を持つのは、それを他人に伝えたときである。発想してひとりでニマニマして終わりならばいいが、そうではないのならば、「ひとにわかるかたち」に整えることは大切だし、必須でもあろう。

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以上のように、同じたとえであっても、差異はある。それは、工程をどこで切るのか、何を含めるのかの判断の違いから生じる。で、そうしたものは、それぞれの著者のビューポイントによって変わってくる。想定読者の違いや、普段著者が得意としているアウトプットによっても変わってくるだろう。だから本を書くのは楽しいのである。

共通点

しかし、やはり注目したいのは、このたとえに共通するポイントであろう。

・アイデアには種がある(ゼロから生み出されることはない)
・どんなアイデアが生まれるのかは制御できない
・しかし、うまくアイデアを出せるような環境の整え方はありうる

これが二つの本に共通する、いわばこのたとえの肝である。

日頃からインプットが少ないと、やはり生み出されるものも少なくなる。だから「種」を集めておくことが大切だ。が、植物を育てるのと同じで、種を植えたからといって、必ず上手く育つとも、思い通り育つとも言えない。むしろ、思い通りの形にできあがるトマトの方が少ないくらいだろう。だからこそ、数を出すこと、時間をかけることが大切になってくる。

しかし、完全に天まかせ、というのでもない。日常的に思考の訓練をしていれば、「AならばB」というのとは違った考えが浮かびやすくもなるし、各種発想法によってなかば強制的にそのような考えに至る手法もある。それは畑を耕し、水と栄養をきちんと与え、必要ならば虫除けをすることで、「売りに出せる」農作物を作り出しやすくなる、ということと同じである。

根ットワーク

さらに私は、『ハイブリッド発想術』の中で、アイデア地層としてのEvernoteに言及した。この言及はいまだに機能していると個人的には感じている。が、仮に本書に追加したい要素ががあるとすれば、やはりScrapboxだろう。

私の上記のたとえの中でぽっかり抜け落ちていた、根を育てる、という話が完全にScrapboxに対応してくれる、ということに最近気がつきつつあるのだ。

芽はやがて幹になり、それはツリー構造をなす。それは地上に晒された部分であり、人目に触れる部分である。ここはきっちりと整えなければならない。では、根はどうか。

根は、私の中で無意識化の知識群であった。だから、「なるべく自由に発想できる」という思考形態を維持していれば、それで根は自由に広がっていくと考えていた。おそらくそれはその通りだろう。「AならばB」という固定観念から距離を置けば置くほど、(人間の脳はつながりを見出すのが大好きなので)Aを見かけたら、CとかDとかについて考えられるようになる。それが根のネットワーク(根ットワーク)を拡張させていく。

おそらくそこで一番やってはいけないことは、根をツリー構造化に制御することだろう。そんなことをすれば、当然のように栄養素を吸い上げる能力は落ちてしまう。これはよろしくない。

だから、ツリー(幹)を担当する部分と、リゾーム(根)を担当する部分は、別のツール、別の振る舞いが求められる。やりたいことが異なっているのだからそれは当然だろう。ここでは、情報一元化の原則は最終戦事項にはならない。もちろん、考慮はしておきたいが、それを果たすためにツリーにおいてもリゾームにおいても中途半端な振る舞いしかできないツールに変容してしまうなら、はじめから放棄した方がいい。

情報一元化の原則は、そうしておけば情報を(効率的に)探せるようになることが肝であり、そういう目的を持たない情報であるならば、別段その支配下に収める必然性はない(収めてはいけない、という話でもないのは言い添えておこう)。

一つの情報整理ツールの中で、ツリー的なものとリゾーム的なものが両方最適に扱えるならそのツールですべてを完結させることはできるかもしれない。が、たいていの場合、そういう風にはなっていない。一つのツールが目指す方向は、一つである。で、一つの方向で両方を満たそうとしたらだいたい中途半端になってしまう。だったら、分かれることを許容してもいい。

さいごに

全体的に、アップデートを必要性を感じている。

知的生産におけるツールの役割とその生態系。

新しい物語の足音が聞こえ始めてきた。

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