Webクリップの戸惑い

今回は、Webクリップを実施しようとしたときに感じた戸惑いについて記す。

これまでの「Webクリップ」

先日のことだ。以下のツイートを見かけて、気になってリンク先を読んでみた。

「晴れる屋」は有名なカードショップで、きっとカードゲーム関係の話が書いてあるのだと思ったのだが、半分その通りで、実際はそれ以上だった。たいへん面白い記事である。

悪しき習慣と思考のアップデート – | 晴れる屋

記事中に出てくる「意図的にミスをしてみる」というのはすごーく大切なのだが、それは脱線だ。本題は、一通り記事を読み終えた後、ブラウザのボタンを押そうとしたときにある。一体どのボタンを押す?

Pocketに入れる、という手はある。そうすればもう一度読めるし、アーカイブしておけば検索でも見つけ出せる。しかも、私はPocketに入ったものは自動的にEvernoteにリンクが追加されるようにIFTTTを噛ませているので、自分の「ライブラリ」にも記事のリンクとタイトルが追加されることになる。

が、それは違うと感じた。

だったら、お馴染みのEvernote Webクリッパーだろうか。本当に不思議なことに、私はそこで戸惑いを感じてしまったのだ。今まであれば、面白そうと感じた記事は、ほとんど何も考えることなく、ゾウのマークのボタンを押していた。そうしておけば、その記事は全文が私の「ライブラリ」に入る。安心である。

が、私の心の声(CV.櫻井孝宏)が、こっそりつぶやいたのだ。「そんなことをして、どうなるんだい?」と。

「とりあえず保存しておくんだよ。そうすれば安心じゃないか」
「安心、安心ねぇ。そうやって君はこれまでいくつの記事をクリップしてきたんだい」
「2万くらいかな……」
「で、そうして保存された記事はどうなった? 有意義に活用されたのかい?」
「……でも、保存しておくことが大事なんだよ。何かの役に立つかもしれないじゃないか」
「別にそのことは否定していないよ。そうではなく、今君が読み終えた記事は、そんな風に簡単に閉架に放り込んでいいのか、ってことを僕は訊きたいんだ」

そうなのだ。私は別に記事を保存すること自体に無意味さを感じていたのではない。ただ、そのまま何も処理を施さずにクリップして終わりにしてしまうことに抵抗感を(もっと言えばもったいなさを)感じていたのだ。これまで2万回以上Webクリッパーのボタンを押してきたが、そうしたもったいなさを感じたのはこれが始めてだった。

それくらい読んだ記事が素晴らしかったのもあるだろうが、それ以上に最近私がScrapboxを使っている点が大きい。Scrapboxでは情報をただ放り込んで終わり、ということはしない。大抵、二、三自分なりに手を加えることになる。そうした方が情報が扱いやすくなるし、しかも私自身の頭の整理が進むということが、体感的に分かっているのだ。

で、そうしたことを一切せず、情報をクリップして終わるのは、まるで買ってきた本に赤線も引かず、情報カードも作らず、書評も書かないままに書棚に戻してしまうように感じられた。もちろん、そうした運命を辿る本は多いが、すべてがそうというわけではない。面白いと感じた本は、その感覚を表明するように行動をとる。愛しているという気持ちを表明するために、愛しているという言葉を発するのと同じだ。何かのアクションが必要なのである。

結局そのときの私は、Webクリップして放置、という手法を放置した。

今日の「Webクリップ」

一方で、今日以下の記事を読んだ。

新しい手帳で始めるバレットジャーナル④ 分類のためのKey

バレットジャーナルで情報を見分けやすくするためのKey(≒タグ)の記号の使い方についてである。そこに、こんな記述があった。

いろんなキーやアイコンを運用しているうちに、自分がストレスなく使いこなせるのは各セット3つまでだな、と理解しました。

私はこれを読んで、二つのことが頭に浮かんだ。

まず、PoICという情報カードシステムでは4つの記号を使う。よって、3つまで、という上限は人によって違うのだろうと推測できる。が、それも結局は5±2くらいの範囲に収まるのだろう。

で、もう一つが私がEvernoteで使っているタグ名の接頭辞についてだ。これも、ある意味で上記のような「記号」による分類に似ている。で、そうした接頭辞も、よく使っているもの(よく使えているもの)は3つしかなかった。やっぱり、記憶だけで扱えるタグ情報には上限があるのだろう。

そうした思いついたことを、ざっとScrapboxにまとめておいた。

覚えておける量 – 倉下忠憲の発想工房

で、書いているうちに、Scrapboxというのは、この”自分がストレスなく使いこなせる”(≒苦もなく思い出せる)制約とは別の領域で情報を扱えるようにするものなのだな、と気がついた。全体の情報について(あるいはその構造や制御するメタ情報について)、短期記憶の制約を受けずに、情報を保存していくことができる。それは、以前書いた記事と呼応する話だった。

タグリストの希求とScrapbox – R-style

さいごに

一口に「情報を保存しておく」といっても、これだけの違いがある。

むろん後者のような保存法を、日常的に目にするWeb情報すべてに適用することは(時間の関係上)できない。リソースは有限なのだ。しかし、だからといってすべての情報を単に放り込んで終わりにしておくのも、ちょっともったいない気がする。

考えたこと、思いついたこと、気になったことがあったら、それはきちんと記しておきたい。それは、一行だけのアイデアメモをきちんと文章の形で保存しておいた方が、後からの使い勝手はあがる、というのと基本的には同じ話であろう。

EvernoteはEvernoteで情報を貯めていくし、ScrapboxはScrapboxで情報をつなげていく。

情報は多様なわけで、その扱い方も多様であっていいはずだ。

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