かつて壁があった。
その壁は人の行き来を塞いでいた。

ある人が壁を指さして言った。「あそこに壁がある。問題だ」

人々はその声に耳を傾けた。あまりにもそこに壁があるのが当たり前すぎて、人々はそれを壁だと認識していなかった。ここから向こうに行けないことは、あるいは向こうからこちらにこれないことは、この世界が存在しているのと同じくらい普通なことだった。そもそも、向こう側という認識すらなかった。

ある人が繰り返し繰り返し言うので、人々は壁の存在を感じ、同時にそれが問題であるとも感じるようになった。

やがて、壁の一部が打ち壊され、互いに行き来できるようになった。

ある人は満足した。報酬も得た。名声も得た。

壊された壁は一部だったので、その人は問題を指摘し続けた。「あそこに壁がある。あそこにも壁がある」
人々はその人の功績を知っていたので、やはり耳を傾けた。そして、その壁を壊そうと努めた。

やがて、ほとんど壁は壊れた。人々はスムーズに行き来できるようになっていた。もちろん完全に壊れたわけではないが、この世界に完全なものなど何一つない。その壁の壊れ具合は、他と同じくらいにはなっていた。

しかし、ある人は満足しなかった。壁があると言い続けたかった。それがその人の仕事であり、役割であり、ペルソナであり、人格そのものになっていた。その場所から動くことなど想像もつかなくなっていた。そのことは、この世界が存在しているのと同じくらい普通なことだった。壁がない世界という認識すらなかった。

ある人は、執拗に言い続けた。「あそこに壁がある。あそこにも壁がある」

壁はもともと見えない物だった。認識されないものだった。だから、その人がそこにあると言えば、あるような雰囲気になった。意識されなかった壁が意識されるようになり、妙にギクシャクした空気が生まれた。まるで、そのことによって線引きが生まれ、行き来が阻害されてしまったかのようだった。

でも、その人は気にしなかった。まるで壊れたおもちゃのように執拗に繰り返し続けた。「あそこに壁がある。あそこにも壁がある」

気がつくと、その人が壁になっていた。もはや動くこともなく、あちらとこちらを隔てる存在になっていた。

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