3-叛逆の仕事術

ライフハックと習慣

ゴミ捨てと宝くじ

ゴミの日を忘れないようにリマインダーをセットする、というのはライフハック的と言えるだろう。家を綺麗に保つための、ちょっとした工夫である。

では、住宅街を歩いているときに、たまたま止まっていたゴミ収集車に、手に持っていたゴミを投げ入れるのはどうだろうか。

高齢のおじいちゃんが、まさにそれをやっているシーンを目撃したのが、あまりライフハック的とは感じなかった。どちらにせよそのゴミは、ゴミ収集車に流れ着くのだから、途中を省略してもいいはずだろう。いっそ、効率的ではないか。

でも、そのときの私は、そんな風には感じなかった。ライフハック的だとは思えなかった。

その二つの差異とはなんだろうか。

ライフハックは、「小さなこと」だとよく嘲笑される。気持ちはよくわかる。

しかし、小さいことだからこそ、取り組める、という点は忘れてはいけない。大きな夢を詰め込むためには、大きな袋が必要なのだ。誰しも、それを持てるわけではない。それよりも、現実的で実際的な小さい行動の方がはるかに役に立つ。

ライフハックが小さなものであるからこそ、必然的に習慣にアクセスすることになる。この二つは切っても切れない関係だと言える。

小さなものであっても、それが習慣となれば、人生に与える影響は決して無視できない。

逆からも言えるだろう。習慣を前提とするからこそ、ライフハックは小さなことで良い。それで十分効果を上げられる。この二つの側面があるように思う。

ゴミ収集車にゴミを放り投げることは、効率的ではあるが、さりとてそれが習慣になったらどうなるだろうか。たまたまゴミ収集車と遭遇したときにだけ、ゴミを捨てられることになる。これはあまり嬉しくはない。さらに言えば、同じようなことを他の人が真似し出すと混乱が生じる。

そもそも、ゴミを置いておけば、それを収集してくれる、という仕組み自体が効率的なのであり、直接ゴミを(しかも、自分の居住区とは関係無い収集車に)放り込むのはルール違反である。法律には触れていないのかもしれないが、それは自己利益のための逸脱であり、言ってみればズルなのだ。他の人がやらないからこそ、利益を得られるといういっそわがままな行為なのである。

つまり、それはスケールしない。

ライフハックと習慣。

この二つは綿密に関わっている。

舵を取って大きく変えるには、少しずつ変えるしかない。

宝くじが当たれば、きっと人生が変わるだろう。しかしそれは自分が思うように変わるとは限らない。思いもよらなかった不幸が訪れることは往々にしてある。そしてそれは、まったく制御できない。

技能を身につけ、仕事を得、関係性を広げていくことでも、人生は変わるだろう。たしかにそれでも結果が自分の思うようになるとは限らないが、その過程は自己の制御下にある(あるいはそのように感じられる)。明日から何を学ぶのかは、今日にでも変えていける。

もちろん、利用する宝くじ売り場を変えることもできるだろう。しかし、いったいそれで何が変わるというのだろうか?