5-創作文

Rashita’s Christmas Story 10

藤崎さんは、本物のサンタだった。
もちろん、白髭に赤い服をまとい、トナカイを駆って日本中にプレゼントを届けるわけではない。彼自身は、紺のスーツがよく似合う、せいぜい三十代前半にしかみえない眼鏡男子だ。乗馬やロッククライミングよりも、パソコンや読書を好む。いかにもプログラマー風だが、実際にプログラマーであり、界隈で有名な企業家でもあった。興したプロジェクトを次々と大企業に売却し、一生働かなくていい大金を手にしているはずだが、今でも勢力的に活動を続けている。でも、ネットをググっても彼に関する情報はほとんど出てこない。こぢんまりしたWikipediaのページが見つかるだけで、成功譚やゴシップの類はGoogleの関心外らしい。僕も、レンタルサンタの仕事をしていなかったら、藤崎さんを知ることなく一生を過ごしていたのだろう。そう考えると不思議なものだ。

「ちょっといいかな」
事務所で休憩している僕に声を掛けてきたのは、見知らぬ男性だった。サンタ仲間の顔は一通り覚えているが、その誰でもない。もちろん、新人サンタでないことは、後ろに控える店長が浮かべる緊張気味の笑顔からもうかがえる。一言も口を動かしていないが、「絶対に、粗相の無いように!」というテレパシーが僕に向けてビンビン伝わってくる。緊張は、伝染する。僕は、咳払いして調子を整えつつ、「はい、なんでしょう」とその男性に返事をした。
「ここのリーダーみたいなことをしてくれているんだって?」
如才ない、柔和な笑みを浮かべているのだが、遠近法で控える店長の眼差しが「Be careful」と告げている。労働調査か何かだろうか。でも、だったら「してくれている」などとは聴かないだろう。極めて巧妙なトラップでない限りは、関係者なはずだ。
「はい」と僕は答えた。「シフトの設定とか、電車がトラブったときに配送先を調整したりとかしてます」
「ずいぶん有能だと店長から聞いているよ。いつも助かっているって」
「その分給料を上げてもらえれば、こっちも助かるんですけどね」
冗談が通じそうだったので、僕は皮肉を交えて返してみた。そもそも、調整作業を行う代わりに、僕は実際の配送に関しては件数を抑えてもらっている。何も特別な仕事をしているわけではないのだ。でも、たまに給料があがったらいいのにな、と思うことはあるけれども。
「たしかにその通りだ。有能なものにはしかるべき対価を。というわけでどうだい。私の仕事を手伝ってくれないかい?」
それが藤崎さんからの最初のオファーだった。

僕がバイトしていたレンタルサンタは、藤崎さんの所有企業の一つだった。彼に業務内容の説明を受けているときにそのことを知った。つまり、藤崎さんはバイト先のオーナーだったわけで、店長が緊張するのも無理はない。もちろんどんな緊張も、時給3000円のオファーには勝てないので、僕は乗り気で藤崎さんの説明に耳を傾けた。
「クリスマスが一年に一度だなんて、寂しいじゃないか」と藤崎さんは言った。
「レンタルサンタを経営してみて、私はそう強く感じたんだ。君もそうじゃないかい?」
「というと?」
「世の中にはプレゼントを心待ちにしている子供たちがたくさんいて、しかも物はそこら中に溢れかえっている。そして、子供たちに贈り物をすることを喜ぶ大人はもっとたくさんいる」
藤崎さんの言うとおりだった。レンタルサンタの依頼は毎年一杯だったし、僕がアルバイトをしていた三年間でずっと増え続けた。依頼だけでなく、応募者も多かった。面白いのは、退職して年金暮らしをしている人間と、日雇いの仕事代わりとして利用する人間の両方がいたことだ。どちらも全然違う世界に住んでいるはずなのに、休憩室で子供にプレゼントを配る話をしては大いに盛り上がっていた。
「これを年一度の行事にしておくのはもったいない。そう考えて、僕は新しいサービスを始めた。サービスというよりも、一種のボランティアみたいなものだけどね」
藤崎さんが新しく始めようとしているサービスは、いわゆるマッチングだった。全国の施設や経済環境が苦しい家庭が求めているものと、その在庫を余らせている企業とをマッチングさせる。ただし、そこでやりとりされるアイテムは、子供に関係するものに限られる。アイテムの配布は、毎月25日に行われるので、たしかにこれは年十二回のクリスマスと言えなくもない。
「誰かに贈り物をするのに、本当は口実なんていらないはずなんだ。でも、市場経済では、そういう話は御法度になっていて、私たちはもうすっかりそのことを忘れてしまっている。それを取り戻そうと思うんだ」
僕は至極まっとうな質問をした。
「企業は何を得るんですか?」
藤崎さんは、苦笑気味に答えた。
「強いて言えば、ブランドだね。子供に優しい企業だとアピールできる」
「しかも現金を支払う必要がない。効率的だ」
「That’s right。実際いくつかの企業からは好感触な反応をもらえているよ」
「その仕組みの中で、僕は何をすればいいんですか。マッチングで物流が解決するなら、人の手なんていらなそうですけど」
「通常時はね。でも、何事にも例外は起きる。単純なマッチングでは、その例外に対応できない。想像もしえない自体を、アルゴリズムに織り込むことはできないからね。しかも、こんなことをしようとしているのは私たちが初めてだ。だから、機械学習で学ぶこともできない。結局、最後の最後は人間が対応するしかないのさ」
すでに一人称が複数形になっていることが若干気になっているが、今のところ、断る要素は特に見つからなかった。
「つまり、僕の仕事は例外事態への対処ですか」
「そうだね。確定される前のマッチングリストの確認と、不具合が起きたときの処理、あとは実際の配送時の問題解決にも当たってもらいたい」
「配送時? どっかの配送会社に依託しないんですか」
「それじゃあ、意味がないんだよ。人が人に贈り物を届けること。これがこのサービスのコアなんだ。だから、物流会社ではなく、有志に届けてもらう。そういう行為を無償で行う人間は、絶対に一定数いるから心配しなくてもいい」
たしかにレンタルサンタでも、あまりの競争率の激しさから無償でいいから働かせてくれと言う人が一定数いる。もちろん、雇用契約で行動を制約できないと、いろいろ問題も起きるだろうから、僕のバイト先では一切そうした話は断っているようだ。
「さっきも言ったけど、これはボランティアみたいなものだ。市場原理の歪みが生み出したものを、そうでない世界に還元しようという試みだ。だから、人は雇わない。君を除いてね」
僕は、その新しいサービスの動きを頭の中でイメージしてみた。どうなるのかがイメージできるのが半分、そうでないのが半分。手がけるには悪くない割合だった。
「わかりました。お受けしたいと思います」
僕が返事すると、「ありがとう」と藤崎さんは頭を下げた。なんの躊躇も謙遜もない頭の下げ方だった。「契約書は、次回までに必ず作成しておくよ」
「すでに準備されていると思ってました」と僕は笑いながら言った。いかにも先のことまで十分準備しそうな彼のことだから、さっそくこの契約書にサインをという流れになるかと思っていたのだ。
「まさか今日快諾をもらえるとは思ってなかったからね」
「時給3000円の仕事を断れる大学生はいませんよ」
「しかも、就職が決まっていない大学生は」
「ですね」
藤崎さんは、少しだけ沈黙した。何かを考えているようだった。
「もし、君がよければ……、まあ、この話はまた今度にしよう。とりあえずは、前向きな返答を祝杯しよう」
そうしてその夜は、まったく読めないラベルがついたスパークリングワインで乾杯した。少し酸味があって、引き締まった味のする美味しいワインだった。怖くて名前は聞けなかった。

翌日藤崎さんの事務所に顔を出すと、今さっき家具屋から入荷されたのではないかと思えるほどピカピカの机の上に、大きな封筒が準備されていた。契約書だった。
「読んでもいいですか?」
「もちろんだとも。契約書は読むために作られるんだからね」
僕は、四枚の契約書を隅々まで目を通し、その後署名を捺印を行った。
「では、今日から君は私のパートナーだ。さっそく頑張ってもらいたいところだけど、まだ協賛企業回りの真っ最中でね。実務の仕事はもう少し後になるかな。それまではパソコンのセットアップでもして準備していて欲しい」
「わかりました。まずはどこの区から始めるんですか?」
「区?」
「えっと、東京のどこかでパイロットを行うんですよね」
「ああ、そういうことか」
藤崎さんは納得した顔を浮かべ、急に真剣な声で言った。
「このサービスは、はじめから全国展開で行くよ。それはずっと決めていたことなんだ」
「いきなり全国? さすがにそれは……」
「厳しいことは承知しているよ。でも、これは必要なことなんだ。この国は大きくなりすぎた巨人のようなものだ。高い視点で世界を見渡せるかもしれないが、自分の足元がまったく見えなくなっている。私たちが足元を照らさないと危うくて仕方がない」
「ということは、僕は日本全国の物流の状況を把握し、それぞれの配送のボランティアを管理するということ?」
「そういうの、得意だろ?」
満面の笑みを浮かべた藤崎さんは、やっぱりやり手の実業家で、僕も笑って頷くしかなかった。
そこから半年は、どうやって生きていたのかわからないくらいに忙しい日々だった。

半年経って、藤崎さんの事務所で業務報告会が行われた。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
藤崎さんと直接顔を合わせるのは久々だった。僕はパソコンと電話に釘付けで、藤崎さんは企業回りに奔走していた。それでも、二人の頑張りは報われた、と言えるくらいの結果は出せた。いろいろなところからお礼の手紙やメールが届いていたし、協賛企業も新聞で取り上げられるなど、十分な費用対効果はあったと思う。協賛に名乗りを上げる企業が増えているのも、良い傾向だった。
「ここまで来れば、私がうろちょろ動き回る必要はなくなるね。こういうのは一度勢いがつくと勝手に広がっていくんだ。むしろ、暴走しないように抑制しなきゃいけないくらいだよ」
「それはよかったです」
「お疲れのようだね」
僕の返事に藤崎さんは苦笑を返した。たしかに僕はお疲れだった。時給での手取りがとんでもない金額になっていたくらいだから。でも、不思議と嫌な感じはしなかったし、止めたいと思ったこともなかった。
「この前送ってくれたレポートに目を通したよ。いくつかシステムを作らなきゃならないね」
「どこかに外注を?」
「いや、私が組むよ」
「藤崎さんが?」
「しばらくは暇になりそうだからね。それとたまにコードを触っておかないと勘が鈍るんだ。プログラミングだけじゃなく、ビジネスの勘もね」
外注するお金がないわけじゃないだろうから、実際にそうなのだろう。
「それができたら、後は君に一任してもよさそうだね」
「えっ、僕に、ですか?」
「他に誰がいるんだい?」
「そんなに簡単に信用していいんですか。お金を持ち逃げするかもしれませんよ」
「君はそんなことはしないよ。君自身がそういう行為を許さないだろうから。でも、そういう話とは別に問題はないんだ。なんといっても、このプロジェクトでは一切の現金が動いていない。企業からのアイテムも直接物流にいくから横流ししようがない。アイテムを配る人もボランティアだし、この事務所は私の事務所だ。だから、君が不正を働ける余地がそもそも少ないんだよ。せいぜい自分の時給を上書きすることくらいだね。でも、それを支払っているのは私だから……」
「あっという間にばれてしまう、と」
「そういうことだ。もちろん、時給アップの交渉はいつでも受け入れるよ。私は自主性を重んじるから、ぜひ君の方から希望の金額を言ってみて欲しい。
ということは、交渉次第では時給4000円というのもありえるのだろうか。もともと、このプロジェクトがどのくらい続くかわからないことを考えると、もらえるときにもらえるだけもらっておくのが吉かもしれない。
「君が何かを計算しているときは、すぐにわかるよ」
藤崎さんは、また苦笑を浮かべた。
「悪い顔してましたか?」
「悪いわけではないが、怖い顔だったかな」
二人して笑う。
「でも、その計算はわかる。ちょっと真剣に考えてくれないかな。このサービスを、君が受け継いでくれないだろうか?」
「藤崎さんはどうするんですか?」
「私は種まきなんだ。いろいろな場所に種をまいて、芽が出るのを待つ。そして芽が出たら別の場所にいってまた新しい種をまく。その繰り返しで生きてきたし、これからもそうやっていきていく。一つのサービスにこだわり続けるのは性に合わないんだ」
「雇用関係はどうなります?」
「これまでと同じだよ。いや、きちんと月給制にしてもいいね。その範囲で君がスタッフを雇ってくれてもいいし、経費が必要なら申請してくれればいい。ようするに、私が援助者になって、君がサービスを全面的に回すわけだ」
「なぜ僕なんですか? 藤崎さんだったら、有能なマネージャーをいくらでも集められるでしょう」
「もうすでに有能な人間に何かを与えても嬉しくもなんともないからだよ。これはビジネスではないんだ。だから生き残りを考える必要もない。誰かが経験を積む場所として、最高じゃないか」
「でも、だからなぜそれが僕なんですか」
「もちろん君が、難しそうな顔をしながらも、楽しんで仕事をしていたからだよ。この子なら、私がやろうとしていることに共感してくれると思った。もちろん、有能さの芽があることも基準ではあったけどね」
藤崎さんにそう言われると、不思議と謙遜する気持ちは湧いてこなかった。なにせ二人して、地獄と見まがうほどのタスクの嵐をくぐり抜けてきたのだ。言葉を疑う必要も、あえて自分を小さくみせる必要もなかった。
「でも、藤崎さんはお金だけ出して、まったく利益を生まないサービスを維持し続けることになりますよ。いったいどんなメリットが?」
「贈り物はね、ただ贈ることに意味があるんだ。私には、昔贈れなかったプレゼントがあってね。それがいつまでたっても心の中に残ってしまっている。その贖罪というのではないけれども、それ以来、贈り続ける人生を選ぶようにしているんだ。それにね、」と藤崎さんは言った。「自分の理念に共感してくれる若い人間が現れることが、私にとっての最高の贈り物でもあるんだ。だから、君は気にしなくていい。このサービスを、君のやりたいように拡大していってくれたらいい」
そうして僕は、そのサービスの代表責任者になり、照らされることのない場所を照らし続けている。

メリークリスマス!

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