Scrapboxの用法

Scrapboxでは承認欲求を満たせない

だがそれがいい

Scrapboxは使っていて非常に楽なのだが、そこにはいろいろ理由がある。

でもって、その一つにScrapboxはブログでもTwitterでもない、という点がある。

承認欲求の刺激につながる機能を全て排除する – 橋本商会

このブログは、できるだけ「承認欲求」を求めないように運営している。ブックマーク数や共有数といった指標は気にしていないし、「検索されやすい」ように記事を書いたことは一度もない。しかし、「他人の目」というのは結構気になる。だから、タイトルを慎重に決めたり、オチをどうつけようかと悩む。本文とは直接関係ない、社会的な関係性を健全にするために頭が使われている。もし、この強度がもっと強くなったら、いろいろなものが破綻するだろう。

Twitterでも似たようなところがあって、どうしてもウケようとしてツイートしてしまう節がある。私は日常的にしょうもないことを口走っているので、その延長線上ではあるのだが、やっぱり他人の視点を気にしたゲームがそこでは展開されている。

しかし、Scrapboxでは、そういうことは起こらない。本当に、不思議なまでに、対象の情報と自分の思考に能力を注ぎ込める。これが実に快適なのだ。月にいくと体が軽くなった気がすると言うが、たぶんそれに近い。逆にベジータは重力装置の中で修行をしているが、ある指標のみをKPIにしたコンテンツ作りはまさにそのようなものだろう。

上のshokaiさんのページに、いくつかはてなブックマークコメントがついているが、まさにそのコメント群がshokaiさんが指摘されている問題を抱えている。上のページの趣旨は「承認欲求の刺激につながる機能を全て排除する」であって、「人間は承認欲求を持っていけない」ではないはずだが、いくつかの批判的なコメントはそちらに話がフォーカスしてしまっている。「あるツールに承認欲求を刺激する要素があると、人間はどうしてもそちらに引きずられるので、そういうのとは隔離されたツール(サービス)を作りたい。そうすれば、人間がその知性を活かして情報と付き合えるはずだ」という話に対して付いているコメントならば、なるほどなと建設的な議論を展開していける可能性はあるが、「ちょっとメタだったり斜めから批評したら、星が集められる」ゲームが始まっていては、なかなかそれは難しい。

特定時期以降のブログ、そして最近のYoutubeも、「いかにPVをゲットするか」に頭を向かわせるような環境が整っている。ツールそれ自身の機能、報酬、そして関連情報の整備がそれを後押ししている。その結果が、いまのウェブである。Welcome to WWW(World Wide Welter)!

上のページには、印象的な一文がある。

「そもそも他人に告知したりプレスリリースしたりする、それ以前の、思考を練る道具を作りたくて[Scrapbox]をやっている」

まさにScrapboxはそういう道具である。使い方によっては、ブログ的にもポートフォリオ的にも使えるが、それは「大学ノートでも家計簿に使える」という話であって、それ自身の可能性全体の話ではない。他人に告知したりプレスリリースを行いたいなら、すでにあるそれに適したツールを使えばいい。Scrapboxはそういう機能を担いませんと宣言されているのだから、使い分けで悩むこともなくなる(これは大切なことだ)。

だから、KPIゲームをしたい方にはまったく向かないツールであるし、それが維持されている限り焼き畑をやっている人たちに目を付けられることもない(短期にブーム化し、話題が消費されて、誤解だけが広まったままで終わってしまうことがない)。

この素晴らしい思考ツールがまだ多くの人に知られていないことにもどかしさを感じないではないが、早急に成果を求めた結果、悲惨な状況がやってくる未来は簡単にイメージできてしまうので、いろいろな意味で、おそらくこれで良いのだろう。

ちなみに、つっこまれそうだから先回りして書いておくが、この内容をScrapboxではなくブログに書いているのは、少しでも多くの人にこの話を「聞いてもらいたい」からである。ブログというメディアは、(私にとって)そのためにある。

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