継続こそ教養なのか

チチカカコヘ小冊子を読んで 1

書店でチチカカコヘの小冊子を見かけた。

「継続こそ教養だ!」というキャッチフレーズはあまり教養感がないが(そもそも、教養感のあるキャッチフレーズはありえるだろうか)、それはともかく、選書の一覧はそれだけで楽しい。手にとって、ページをめくってみる。

実にいろいろな本が目に飛び込んできた。なにせ、ちくま学芸文庫・中公文庫・角川ソフィア文庫・河出文庫・講談社学術文庫・平凡社ライブラリーである。普段、これらの本はきちんとレーベルごとに分類されていて、その姿はいっそ荘厳ですらあるわけだが、こうしたフェアではそこから選りすぐられた本たちが一つの本棚に並ぶ。もうそのことに価値がある。

本はそれ自身ひとつの全体だが、しかしそれは知識の断片である。本は多様に読み、読み手の頭の中で化学反応を起こすからこそ、面白い。情報のパッケージは一つ上の階層から見たときの断片化なのである。

パラパラと小冊子をめくる。読んだことのある本、読もうと思っている本、タイトルだけ知っている本、はじめて遭遇した本。いろいろだ。世界は可能性に満ち溢れている。

『動きすぎてはいけない』は、少し難しいが刺激的な本だった。『知的トレーニングの技術』は知識人への歩みをモチベートしてくれたし、『人間の条件』は現代において生きること・働くことへの再考を促してくれる。『本を読む本』は読書の深淵を覗かせ、『メディアはマッサージである』はタイトル通り何かをマッサージした。『読んでいない本について堂々と語る方法』は、脊髄反射的な嫌悪感を引き起こしたものの、読んでみたら濃厚な問いかけが為されていて驚かされた。本を読むとは一体何なのか? どうすれば本を読んだと言えるのか?

本当に小さい輪に過ぎないが、たとえば『本を読む本』と『読んでいない本について堂々と語る方法』の二冊を読むだけでも、何かしら思うところは出てくる。新しい問いが立つと言ってもいい。さらにそこには、『知的トレーニングの技術』に伸びるリンクがあり、『メディアはマッサージである』に伸びるリンクがある。後者のリンクは、『人間の条件』へとさらに続いていき、『動きすぎてはいけない』とも絡み合う。

この脳内Book-Mappingは、ある程度客観性を示せるものだろうし、どうしても私だけがわかることに留まるものもあるだろう。だからこそ、そこには価値がある。

そして、このBook-Mappingは、当然のようにここで選書されている本以外にも接続していく。たとえば、『ホモ・デウス』は逆方向から、『人間の条件』や『メディアはマッサージである』とリンクし、そこから現代の私たちが本を読む意義、といった問いを浮かび上がらせる。ボタン一つで情報を「インストール」できるようになったら、人類はもっと幸福になる? しかし、『読んでいない本について堂々と語る方法』が示したのは、「本を読む」という行為は、単純な暗記作業に還元できない、ということだったのではないか。当然、メディアなきメディアもまた私たちの何かをマッサージする(あるいはしない)。

知識が増えることは、x = x + 1 のような形で脳内のインフォメーション量が増加することだけを意味しない。情報同士の接続が生まれ、あたかも星座のように新しいイメージを浮かび上がらせることもまた知識の(小冊子の文脈に沿って言えば教養の)増加に対応する。だからこそ、人は「本を読む」のである。

しかし、と私は思う。そうはいっても、現代でそれを行う意義がどこにあるのだろうか、と。本小冊子が謳う「継続」にどれだけの価値が見出せるのか、と。

それについては、次回考えてみよう。

▼こんな一冊も:

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