6-エッセイ

質問しにくい心境への対策

次の記事を読みました。

ゲームの説明書はいつ読むか? – 言いたいことやまやまです

以下の部分が、実にスリリングです。

実践の場になれば疑問が湧く。だから質問ができる。……はずなのですが、私はここでためらうのです。質問するのに勇気がいる。

「いまさらこんなことを尋ねるなんて、こいつはなんて馬鹿なんだ」

「話を聞いていたのだろうか?」

「そんなこと聞かなくても、類似例から推察できそうなもんだろうが」

「理解力が低い人だなあ……(信用できないな)」

そう思われやしないか、いや、そう思われるのだ。そう思われた私はどうしたらいい?どうしたら挽回できる?

この「そう思われやしないか」から「いや、そう思われるのだ」へのジャンプ。これがあまりにもスピーディーかつ強力に行われるなら、「別にそんなこと気にする人なんていませんよ」というアドバイスは役立たずでしょう。そう思われることが確定している世界において、「そうではないかもしれない可能性」など何の役にも立ちません。

でもって、本当に悲しいことに、この世界には質問者に対して上記のような反応を返す人が稀にいます。確率的にはチョコボールで金のエンゼルを引き当てるくらいなのですが、ゼロでないことはたしかです。だから、「別にそんなこと気にする人なんていませんよ」というアドバイスは絶対的安心を与えてはくれません。だからまあ、不安は残り続けるでしょう。そのままの状態では。

一つには、まったく同じ環境において質問する練習を繰り返すことで、「少なくとも、この環境では不安になる必要はないのだ」と徐々に体感を蓄積していく方向があるでしょう。基本的には、質問者に無礼な対応をする人の方が数が少ないですし、そもそも質問されるような立場の人は知識があり、知識がある人ほど質問を好むので、安心して質問できる場というのはどこかしらで見つけられるものです。

あるいは、記事にも書かれているように「疑問に思う→質問する のスピードを少しでも早め」る、というのもたしかに一手だと思います。究極的には、「思ったことを即座に口に出す」という話ですが、少なくともこの状態になれば、悩みや戸惑いや逡巡が入り込む余地はありません。でもって、不安はそうした時間にどんどん膨れあがっていくものなので、ちゃっちゃと質問してまうのも手でしょう。

別方向からいくと、自分が質問される立場になってみる、というのも面白そうです。もし当人が、質問してくる人は馬鹿な人だと思っているなら、これはどうしようもありませんが、そうでないならば質問は面白く、ときにありがたいことが(知識としてではなく実感として)知れるでしょう。それによって、不安みたいなものとの付き合い方も変わってくるかもしれません。

私なんかは、好奇心が強すぎて、すぐに質問を口に出してしまう方なので、こういう悩みは実に新鮮でした(と言ってしまうと、困っておられる当人には不快かもしれませんが)。

もちろん、人には得手不得手があり、質問が得意な人もいれば、特異な質問スキルを持つ人もいます。まあ、そういうもんだよね、と割り切ってしまうのも一手だとは思います。

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