7-本の紹介

【書評】『知ってるつもり 無知の科学』

あまりにも学ぶことが多い本である。

知ってるつもり 無知の科学 (早川書房)
早川書房 (2018-04-15)
売り上げランキング: 4,981

人間の知性

認知科学・行動経済学を覗いていると、人間の不完全さを突きつけられる。あまたのバイアスを持ち、愚かな決定を下してしまう。不合理性のかたまり、汝のは人間。

それでも私たちは日常を生きている。いや、それ以上だ。ここまで科学文明を発達させ、月にロケットまで飛ばしている。限定的出、バイアスまみれで、不合理な人間が。

それはなぜなのか?

本書のタイトルからすると、人間の無知を暴き出す内容に思えるが(もちろん、その側面もある)、本書はもっとずっと面白い領域に光を当てている。

「私たちの知性とは何か?」「それはどういう働きをしているのか?」

こういう問いだ。

集団的頭脳

著者らはまず、人間は行動する生き物であり、思考はそれを支える機能だと見る。よりよく行動するために(つまりは、意思決定するために)、人は思考を行う。つまり、人の脳は、あらゆる情報をデータベース化するために設計(進化的デザイン)されたわけではない。行動するに十分なだけの思考を支える情報さえ扱えればいいのだ。

だからこそ、人はパターンを扱い、抽象を操る。それだけではない。自分の脳に宿る知識以外のあらゆる知識を利用する。それこそ環境や、他の人間の。

ここがポイントである。『サピエンス全史』でユヴァル・ノア・ハラリは人類の他の生物(やサピエンス)に見られなかった特徴として、大多数の協調作業を上げた。虚構を「信じる」力があったから、私たちの祖先はピラミッドを築くことができた、というわけだ。

それは単に労働力の合算というだけではない。そこでは間違いなく、知識の共有も行われていただろう。

誰か偉い人が「よし、ピラミッドみたいなのを作るぞ」と思い立つ。しかし、彼にはそのための知識はない。だから、さまざまな場所から「有識者」が集められて計画が立てられる。それぞれの有識者も単に知識を提供して終わりではなく、他の有識者の知識を利用して、自分の考えをまとめる(「なに? あの村の豊富な石があるだと。だとしたら、あの道を経由してここに持ってくれば……」)。そこから、何か新しい発明が生まれたこともあったかもしれない。

著者らはこう言う。

知性は個体の脳のなかにではなく、集団的頭脳のなかに宿っている。個人は生きていくために、自らの頭蓋のなかに保持された知識だけでなく、他の場所、たとえば自らの身体、環境、とりあわけ他の人々のなかに蓄えられた知識を頼る。そうした知識をすべて足し合わせると、人間の思考はまさに驚嘆すべきものになる。

そうなのだ。私たちは、おどろくほど簡単に他者の知識を利用できる。考えてみると実に不思議である。私たちの脳はコネクタで直結もしていないし、TCP/IPが定まっているわけでもない。ZIPを解凍する必要も、パスワードをクラッキングする必要もない。あたかも、「はじめからそこにあったかのように」他者の知識を利用できる。

この性質が、集団的頭脳を支えることは明白である。もし、それぞれの脳がローカルに独立しているような状況であり、他人の脳にある知識がまったく利用できないのならば、その人が為せることは相当に限られてしまうだろう。月にロケットを飛ばすなんてとんでもない。

でも、実際は違う。私たちは他人の知識を、まるでDropboxのフォルダのように扱えてしまう。そして、そのことが「知識の錯覚」を引き起こす。詳細について自分が説明できないことについても、「知っている」と錯覚してしまうのだ。

この「知識の錯覚」が問題を引き起こすのは想像に難くない。本書でもいくつか章を使って指摘されていて、問題解決も提示されている。その点も掘り下げてみたいのだが、それは回を改めるにして、ポイントである集団的頭脳について絞って話を進める。

知識のコミュニティ

人類が成功を収めてきたカギは、知識に囲まれた世界に生きていることにある。知識は私たちが作るモノ、身体や労働環境、そして他の人々のなかにある。私たちは知識のコミュニティに生きている。

ここから言えることは四つある。

  • ひとりで考えることには限界がある
  • その人の動因できる知識は所属している知識のコミュニティに依る
  • 知識のコミュニティの欠落は大きな問題を引き起こす
  • 情報発信は知識のコミュニティへの貢献である

まず、自明なのが「自分の頭(だけ)で考える」ことの弱さだろう。知識のコミュニティをまったく遮断し、ひとりの脳にある知識だけで思考してもその射程は恐ろしく限られる。『クリエイティブ・スイッチ』の書評でも書いたが、クリエイティブの世界であっても「孤高の天才」というイメージは豊かなものをもたらさない。企業においても、社員同士の知識をいかに共有するかが重要なファクターになってくるはずである。

次に、ある人の意思決定を変えることの難しさがある。人は自分ですべての情報を蓄えることはせず、それが得意な人が近くにいて、その人の知識を利用できる場合、その人に任せる傾向があるらしい。つまり、「頼る」ということだ。

これは分業的にはよろしいのだが、その分業が意思決定に影響を与えている場合、当人に対して「強い説得」をしても、意思決定を変えることはできないだろう。知識のコミュニティそのものに変更を迫らない限りは、目的を成し遂げるのは難しい。みもふたもないことを言ってしまえば、「誰とつるんでいるか」が動員できる知識の多寡を(あるいは質を)決めてしまう。

そのことを突き詰めれば、利用できる知識のコミュニティが欠落している場合、その人が使える知識は大幅限られてしまうことになる。これは由々しき事態である。人が孤独に生きることを選択するのは構わないが、そうせざるをえない状況に追い込まれないようにすることは、最低限度の文化的な生活(つまりそれは知識のコミュニティに属した生活だと言える)を営む上でも欠かせない要素だと言えるのではないか。

最後に、情報発信だ。私たちが「知識のコミュニティ」というものに囲まれて暮らしているならば、そして、それが人々の生活を支えているならば、情報発信活動は、そのコミュニティに対する貢献だとして正当化されうる。「知る権利」といったこととはまったく別に、他の人が利用しやすい形で情報を出していくことは、その内容がなんであれ、集団的頭脳に貢献している。いいぞ、もっとやれ、というわけだ。

さいごに

本書にはほかにも面白い話がたくさんあるのだが、それらについて書き始めるとキリがなくなりそうなので、今回は「知識のコミュニティ」に話を絞って紹介してみた。

紹介しきれなかった話に関しては、書評とはまた違った形で記事を書いてみようと思う。とりあえず、面白い本である。昨年読んだ本の中では、一番赤線を引いたのが多い一冊だった。

▼こんな一冊も:

私たちの「錯覚」について。

ファスト&スロー (上)
早川書房 (2012-12-28)
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私たちが日常的に「知っている」と思っていることがいかに粗いのか。

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)
トーマス トウェイツ
新潮社 (2015-09-27)
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協力によって生まれるもの。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
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クリエイティブ・スイッチ 企画力を解き放つ天才の習慣 (早川書房)
早川書房 (2018-12-15)
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POWERS OF TWO 二人で一人の天才
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