0-知的生産の技術

『知ってるつもり 無知の科学』と道具と知性

系としての知的活動

昨日一昨日と『知ってるつもり 無知の科学』について書いた。今回も書いてみる。

知ってるつもり 無知の科学 (早川書房)
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知性と道具についてのお話だ。

脳と知性の逆転関係

まず、著者らはこう書く。

つまるところ思考は、身体を通じてしか世界を認識できない。思考の材料となる情報は目から、耳から、鼻から、そして他の知覚器官から入ってくる。相互作用は逆方向にも働く。思考は何をすべきかを判断し、それを身体に伝える。

だからまずいったん、「試験管の中に浮かぶ脳」というイメージを捨てよう。あれはどうにも「脳」だけが思考の、──引いては知性の──主体だというように感じられてしまう。

実際その脳から何か線が延びていて、それが音声を拾ったり、知覚を補助したりしているのかもしれない。だとしたら、それらが「体」なのだ。脳単体で何かをしているわけではない。というか、脳単体では何もできないのだ。暗いて狭いブラックボックス。

その上で、著者は大胆に宣言する。

脳と身体、そして外部環境は協調しながら記憶し、推論し、意思決定を下すのだ。知識は脳内だけでなく、このシステム全体に分散している。思考は脳内の舞台だけで起こるわけではない。私たちは賢く行動するために、脳、身体、そして身の回りの世界にある知識を使って思考する。言葉を換えれば、知性は脳の中にあるのではない。むしろ脳が知性の一部なのだ。知性は情報を処理するために、脳も使えば他のものも使う。

ここではおどろくべき主客の逆転が行われている。一般的には、まず脳があり、その脳が知性を宿すという見方が取られる。つまり、知性の所有者は脳である。が、著者らは思考というものが外部の情報を大いに利用する点から、この見立てを逆転させる。ある種の知性と呼べるものは、そうした情報処理全体を含む系であり、脳はそれを構成する一部でしかない、というのだ。

もちろん、その中で脳が占める役割は大きく、また重要でもある。四番バッターとか、そういう存在だろう。が、脳だけが全てではないし、脳さえあればいい、というものでもない。

ここからたとえば、昨日書いたような知識の共有が大切だという話や、制作者はチームを作ろうという話にも接続するのだが、別の接続もある。

道具、だ。

系とそのパーツ

上記の話を踏まえれば、どんな道具を使って知的作業(知的生産)を進めるのかは、「単なる手段の話」に留まるものではないことが推測される。

なにせ私たちの知覚器官に作用する、あらゆるものが思考に影響を与える可能性があるのだ。鉛筆で書く文章と、キーボードで書く文章。ハードカバーで読む文章と、スマートフォンで読む文章。白紙に描くマインドマップと、アウトライナーに書くフリーライティング。そこで発露される知的作用が必ずイコールである、という保証はどこにもない。

だからこそ、道具の話は大切なのである。

以下は、以前私が『かーそる2017年7月号』に掲載した「執筆の現象学」で用いた図である。

もちろん、どこまでいっても執筆の行為者は書き手である。しかし、その出力が系に依るのであれば、書き手は系を形成する一つの要素に過ぎない。アウトプットの生成過程から見れば、書き手もまた道具の一部なのだ。先ほどの梅棹の表現を借りるならば、「現実的存在としての書き手は、人間・装置系のなかの書き手である」ということになる。

先ほどの「知性と脳」の関係にみごとに呼応している。知性によって書かれる文章は、書き手すらもその道具としてしまう。そんな風に言えるだろう。

もちろん、これは便利/不便、という話ではない。むろんその要素が皆無なわけではなく──読み込みが早いツールの方が微妙に生産速度はあがるだろう──、無視してはいけないのだが、ここで意識されているのは、むしろ「相性」が近い。

脳・書き手が、系の一部として、つまりはシステムを構成するパーツとして機能するにしても、脳自身の志向性と系の志向性が合致していなければ、その力は存分に発揮されないだろう。少しズレた比喩だが、軽自動車のフレームに、フェラーリのエンジンを載せるのは「正しい」とは言い難い。

ただしこれは、自己の好みの話でもない。知的作業に没頭しているときに感じる違和感があるのかどうか、という言い方が一番近いだろう。

できるならば、その違和感は小さい方がいい。その方が、システムはよく駆動するはずである。

さいごに

まとめるならば、まず脳単体で思考している、というイメージを捨て去ることだ。脳は大きくはあるが一部でしかないパーツである。つまり、

・環境(道具)の話が大切になる
・でもって脳だって道具の一つだ

というところで落ち着く。

だからこそ、ノウハウの話はツールの話と切っても切れない。そのツール(環境)でしか成り立たないノウハウというのは少なくないのである。

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