ブログ初心者に贈る言葉

これからのブログの話をしよう

「ブログ初心者に贈る言葉」、というお題を見かけた。先月のはてなブログのテーマだったようだ。

ブログ初心者に贈る言葉 – まなめはうす

私はほぼそんな感じだけれど、今このブログというものが登場してから14年近くたったこの今に初心者というブログはじめたばかりの人には、発信したいものがあってのブログだと伝えたいです。趣味がブログではなく、趣味を持っている人が発信している場所がブログだということです。

さて、と考える。私から、ブログ初心者に贈れる言葉があるとしたらなんだろうか。

まずは、おめでとう&ようこそ、という歓迎の言葉を贈りたいと思う。

もはやブログをやっているだけでありがたがられる世界ではなくなった。一時期盛り上がっていた「ブログで儲ける」という話もすでに下火である。

そうなったとき、今わざわざブログを始めようとするならば、何か発信したいことがあるからだろう。そして、ブログはそのためにぴったりなツールである。

別に何かを為さなくていいし、何者かになろうとしなくてもいい。世間一般では──いわゆるマス、というやつだ──受け入れられにくいものを発信するためのツールとして使っていけばいい。そうしたら、1000人に一人、あるいは1万人に一人くらいは、「へぇ〜、面白いね」とか「わかる、わかる」とか思ってもらえるかもしれない。

そういう「かもしれない」に手を伸ばすのがブログというツールであり、ブログという行為である。それくらいの、ゆる〜い考えてやったほうが、長期的には継続できるだろう。

えっ、披露できるような知識がない?

だったら今勉強していることを書けばいい。誰かに教えるときほどよく学ぶものである。知識の整理として記事を書ければ、それだけで素晴らしい勉強になる。

えっ、ウケるかどうかわからない?

そんなことには誰にもわからない。実体のない不特定多数を気にするよりも、まず自分の興味に注意を向ければいい。「読者のことを考える」のは、ありもしない批判に怯えることとイコールではない。

えっ、書くことが何もない?

だったら書かなければいい。ブログは義務ではない。

完全にレッドオーシャンに陥っている競争を頭からどければ、ブログを書くことは実に自由で素晴らしい行為である。

いや、それは別に「ブログ」でなくてもいいのだ。Webという空間に、情報を提出すること。その総体にこそ意味があるわけで、「ブログ」に固執する必要はない。

しかし、「ブログ」を排除する必要もまたない。「これからは、○○の時代?」。知ったこっちゃない。あなたが文章で書き、文章で伝えたいことがあるなら、文章を書けばいい。大切なのは、まずそこだろう。

時計の話をしよう。

止まった時計は、一日で二回正確な時刻を指す。しかし、1分遅れた時計は、永遠に正確な時刻を指すことはない。

ブーム(流行)というのは、よく「一周する」と言われる。

あるとき流行ったものが廃れて、時間をいてまた流行る、ということだ。人間が扱える情報には上限があり、また人には「飽き」があるので、話題が一周することは自明とも言える。

同じ場所で、ずっと同じことをしている人と、常に流行を後追いする人。

最高の波に乗れるのは、どちらだろうか。

あらためて言おう。おめでとう&ようこそ、と。

二周目のブログの世界は、有名人にもなれないし、広告料で生きていくこともできないだろうが、それでも──あるいは、であるがゆえに──楽しい世界である。

別に身構える必要もない。ただ、書いて・調べて・考える生活がそこにあればいい。ブログはその生活を促し、その結果を蓄積してくれる。

もう一度言うが、身構える必要はない。というか、身構えてはいけない。頑張ろうとすればするほど、無理な課題を自分に設定しがちである。そして、挫折が待っている。

だから、気楽に始めればいい。「他人がこうしているから」とか「成功するためには〜〜を」という話をすっかり置き去りにして、前に進めばいい。

「自分のブログ」というのは、結局そうやって生まれるのだから。

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