「タスク」の研究

ゆっくり進むこと、小さくチャレンジすること

「自分のトリセツ」を手に入れる

最近、毎日一枚、手元にある情報カードを中身をScrapboxに書き写しています。

すでに書いてあるカードを書き写すだけなので、五分ほどで終わる簡単な作業です。

やろうと思うなら、一日に二枚や三枚は処理できるかもしれません。なにしろカードの山は大量にあるので、スピードアップしたくなる気持ちも湧いてきます。

でも、最初は一日に一枚です。ほとんどもどかしいくらいの遅々たる進捗。それをスタートにします。

新たな習慣の不確定性

どれだけ簡単そうに見えても、「情報カードをScrapboxに書き付ける」という行為は、それまでの私の習慣には存在しないものです。だから、この時点で、「情報カードをScrapboxに書き付ける」という行為が私の習慣になるのかは確定していません。

それはぜんぜん無理なものかもしれませんし、ちょっとくらいなら可能かもしれませんし、案外がっつりいけるものかもしれません。そのどれかであるかはその時点ではわからないのです。

ではもし、さっさと終わらせるために、それを10枚からスタートしたらどうでしょうか。現実の私の余力が10枚以上あるならば、問題ないでしょう。しかし、9枚以下の場合はすべて挫折が待っています。

そして、そこで挫折したら、たぶんもう嫌になるのではないでしょうか。「こんな面倒なことなんて、やってられないよ」と再度の邂逅の可能性すら捨ててしまうのではないでしょうか。

だから、一枚です。

小さいからわかること

一枚であれば、現実の私の余力が一枚以上であればかならず成功します。かなり確度の高い勝利の可能性です。

もちろん、現実の私の余力が0枚であればこれはどうしようもありません。一枚でも失敗します。しかし、それがわかるのは大きなメリットでしょう。そもそも無理なのだ、と。

10枚の設定で失敗したときと、1枚の設定で失敗したときに得られる情報──「自分のトリセツ」──にはこれだけの違いがあります。10枚の失敗では、大雑把なことしかわかりません。そこから9枚、8枚、7枚と下げていけばわかることも増えますが、その苦難に耐えるには相当なタフネスが必要でしょう。

だからこそ、小さくチャレンジするのです。

もどかしさを抱え続ける

また、一日一枚というのはさすがに小さい進捗です。だから達成感みたいなものは生まれません。むしろ、一枚書き終えたところで、「もう一枚書こうか」という気持ちすら湧いてきます。それを中途半端なところで遮断してしまうわけですから、精神衛生上は多少よくないかもしれません。

しかし、だからこそ、次の日にこのタスクをやろうという気持ちになってきます。やる気の炎が消えていないのです。

一日に10枚くらい書くと疲れて、達成感が得られます。達成感とは満足感です。すると、次の日は、もういいか、という気持ちになりやすいのではないでしょうか。そうなると、タスクを実行するために一工夫が必要となります。

もちろん、そんな風にはならない人もいるでしょう(これがセルフマネジメントのややこしいところです)。昨日は10枚入力したら、今日は11枚だと新たな炎をたぎらせる人もいるかとは思います。それならそれで構いません。そのやり方を続けていけばいいでしょう。

しかし、そうでないならば、成功する確度が高く、さらに進捗に不十分さを感じる(達成感を得られない)程度の量で進んでいく方が、案外楽に(外部的なモチベーションのテコ入れなしで)道行きを歩むことができます。

少なくとも、長年私が自分を観察してきた限りにおいては、そういうことが言えます。これもまた「自分のトリセツ」です。

地獄を抜け出す

ポイントは、二つあります。

一つは、自分が思い浮かべる「やりたいこと」や「やるべきこと」が、現実の自分の「できること」とすっかり対応することは稀だ、ということです。たいていの場合は、

「やるべきこと」と思うこと > 「できること」

となっています。言い換えれば、「できること」は、「やるべきこと」と思うことを十全には満たせません。ゲージのどこかで止まってしまいます。
※もちろんこれも例外はたくさんあります。

で、そのどこかがどこであるのかは直感ではわかりにくいので、下の方から少しずつ上っていった方がいいのではないか、ということです。

たとえば1日1枚のカード入力が2週間できたら、今度は2枚にしてやってみる。それが二週間続いたら今度は3枚。すると、他のタスクに影響が出てくることがわかったので、2枚に戻す。そういうやり方です。この場合「2枚ならできる」ということがわかっているので、安心して進んでいくことができます。セーブポイントです。

もう一つのポイントは、こうしたことをはじめて取り組む場合は、目先の進捗を最大化することではなく、「自分」がどういう反応をするのかに注意を向けた方がいい、ということです。あるやり方をすることで、実行が生まれる?生まれない? 嫌になる?嫌にならない?

そうした「自分のトリセツ」が増えていけば、ノウハウとうまく付き合えるようになります。

先ほどの例を続ければ、「やるべきこと」と思うことにフォーカスするのではなく、「できること」(現実の自分の反応)にフォーカスするのです。どう考えてもスタート地点にふさわしいのは、そちらの方でしょう。だって、自分が実存しているのは、「やるべきこと」というイデアではなく、現実の肉体の方なのですから。

まあ、どちらをスタート地点に選ぶにせよ、「やるべきこと」と「できること」を行き来して(つまりはシェイクして)、ほどよい着地点を見つけるのがよいでしょう。

一番しんどいのは、「やるべきこと」と思うこと = 「できること」だと捉えた上で、その等式を成り立たせるために、たとえ自分に合っていなくても無理に何かしらのノウハウに従うことです。これは一種の地獄でしょう。

そうした捉え方を解呪(disenchant)するために、以下の本を書きました。

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