「タスク」の研究

「やること過剰社会」について

現代は「やること過剰社会」です。

主に、二つの要因があります。個人の自由の拡大と、強力なプロモーションです。

個人の自由の拡大

個人の自由は、過去の社会に比べて大幅に拡大しました。三つあります。

第一に、権利としての自由です。人がどう生きるかは、自分で決められるようになりました。住んでいる場所や、親の職業によって個人の選択があらかじめ決まっていて、それを変えることができない、という事例はほとんどなくなっています。また、あるにしてもそれはよくないことだと認識されているでしょう。

第二に、可処分時間としての自由です。技術の進歩により、人が生活を維持するために必要な時間は減少しました。洗濯物を手洗いする必要はありませんし、毎朝井戸に水を汲みに行く必要はありません。余暇と呼ぶかどうかは別にせよ、便利な道具が日常に浸透したことにより、人がその他のことに使える時間は増えました。

第三に、選択肢としての自由です。技術が進歩し、道具が廉価になったことで、いろいろなことを個人がチャレンジできるようになりました。明日から作曲家を目指すことも、お金を集めて海外に行くことも、資格を取ってネットで開業することも、現実的な選択肢になっています。取り得る行動の幅が増えた、ということです。

これらは基本的には良いことですが、権利としての自由は生き方の迷いを、可処分時間としての自由は別の作業を、選択肢としての自由はコミットメントの積み過ぎを引き寄せてしまいます。

でもって、それらはもう一つの要因と絡み合います。

強力なプロモーション

ベン・パーの『アテンション』は、たいへん興味深いマーケティング(プロモーション)の本です。現代は情報社会であり、一時の注目を集めるのではなく、長期的な注目を集めるものが市場を制する。そういうことが書かれています。たしかにその通りでしょう。

アテンション
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ベン・パー
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製品を売り込むために、「気に留めてもらう」ことは大切で、瞬間最大風速な注意を大きな広告費を投じて作るよりも、消費者が「気にしてくれている」状態を作る方がはるかに効率的です。なにせ相手の方から情報を求めて探してくれるのですから。

これは結局、消費者の中にコミットメントを作り出すアプローチだと言えるでしょう。そして、同じようなアプローチを取る主体は、それこそごまんと存在するわけです。製品を売るだけでなく、サービスの利用や、グループへの参加を促すときにも活用されます。

そんな状況に、何の防護フィルターもなく飛び込んでしまえばどうなるでしょうか。あっちにもコミットメント、こっちにもコミットメント。そんなコミットメント過多が到来するのは容易に推測できます。

さらに、です。人が生き方に迷っているとき、そのコミットメント誘惑はとても魅力的に見えるでしょう。というよりも、魅力的に見えるように徹底的にデザインされたメッセージがそこにはあるはずです。だから、引きつけられてしまう。

また、可処分時間と選択肢としての自由があるからこそ、さまざまなものにコミットメントする余地が生まれてしまいます。

自由とプロモーションは強力に作用しあうのです。

さいごに

言うまでもなく、何かにコミットメントすれば、それだけ「やること」が増えます。正確には、「やるべきこと」が増えて、そこから「やること」が増加していくのです。もちろん、いろいろなことを気にしていれば、それだけ注意力や認知資源も使用されるでしょう。

そういう状況が、別段珍しくなりつつあるのが現代ではないでしょうか。

とは言え、この話は、コミットメントを持つことを否定しているわけではありません。また、「やりたいこと」がたくさんあることを否定しているのでもありません。ただ、たくさんの「やりたいこと」がいつのまにか「やるべきこと」に変質し、それが動かしがたく鎮座している状況に危機の足音を聞きつけているだけです。

でもって、その「やりたいこと」を「やるべきこと」へと変質させてしまう力が、ある種のプロモーションにはあります。

しかも、です。

高額の商品を売りつけられたときに「いや、今お金がなくて……」と断ったら、「当社からのご紹介でどなたさまでもご利用できるローンがございます」と、さらなる金融商品を紹介されてしまうのと同じように、「やりたいことが多すぎて実行できない? だったら、このノウハウを習得すればあなたにも時間がたっぷりと」のように、結局追加のコミットメント(≒やるべきこと)を押しつけてくるような悪循環もあります。この堂々巡り感は、わりとどうしようもありません。

だからこそ、『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』では、タスク管理に3つのレベルを想定しました。そのうちの一番上のレベル(「これって、本当に自分がやるべきことなんだろうか?」)が必要になる場合が結構あります。

むしろ、その冷却装置がない場合、「やるべきこと」の過剰は、際限ない「やること」の過剰を引き起こしてしまうでしょう。

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