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今、日本という国が求められているもの。あるいは日本人の行く先

もし現在のように、日本政府が能のない政策を繰り返していくならば、根本的な変化がいづれおとずれるだろう。

もし、何らかの要因で景気が改善する方向に向かって言った場合、この国は少しずつ腐っていくのを待つだけだと思う。

たとえば、今日本の国に有能な人材を引きとどめておけるような魅力はない。そしてそのこと自体が問題にされていない。

当たり前の話だが、国は法律が作るものでなく、そこに住む国民が作るものだ。良い人間がたくさん集まって有益な働きを行えば「良い国」が出来上がるし、そうでなければよくもなく悪くもない国がどこかの誰かの食い物にされて生きながらえていくだけだ。

この国が目指すべき方向とはなんであろうか。
現状で求められる政府というのは、小さい政府であるはずだ。行うべき国の関与は最小限にとどめて、民間がその力をなるだけ発揮できるようにする、というのが求められているスタイルなはずだ。

経済界だけに限らず、個人的な社会生活でも、国の関与をなるだけはずしていくというのが「理想」の方向なはずである。

しかしながら、多くの日本人はいまだに国の保護を心の奥では欲しているような気がする。自らを縛っている鎖を解きたいと言いながらも、解くチャンスにまったく興味を示さない。そんな気がする。

単純に考えても政府は万能ではありえない。首相は絶対者ではない。もちろん天皇だって同じである。
情報が当たり前のように飛び交い、人口が増え、政府の手が全国民にまで回らなくなったとき、自分自身が自分の管理を行うというのはごく自然なことだ。

誰かが守ってくれるというのは、とっくの昔に意味をうしなった幻想に過ぎない。
しかし、現政府はなるべくその幻想を維持しようと躍起である。そして、国民もバカなふりをしてその幻想を信じようとしている。その幻想が信じられない人は現実から目をそむけることで、現状認識から意識的に距離を置いているような気がする。

政府は政府、個人は個人と割り切って考えることができる人がどれだけいるだろうか。
「お上」の幻想はいつまで行き続けていくのだろうか。

その幻想が消え去ったとき、それはつまり現政府が完全に「お手上げ」になったときだ。
国債が劇的に下がったときかもしれない。国内の株式がほとんど海外投資家に買われてしまったときかもしれない。
状況はどうあれ、政府が手を上げてしまってから、いきなり、君達は自分らでがんばってくれ、と言われれば国民は動揺し、怒りを覚えるだろう。
しかし、一番最初の仮定が正しければ、いづれ何か大きな変化が訪れると思う。少なくとも私はそういった変化を期待している。

津波が来てから避難経路を探すのではなく、平時から個人で生きていくためには何が必要か、という逃げ道をきちんと探しておくことが、必要なのではないかと思う。

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