Scrapboxの用法

箇条書きだって簡単ではない

以前、以下のページを読んで、なるほどなと思った。

美文章滅すべし – 橋本商会

たしかに、箇条書きというスタイルは、意見のやりとりに便利だと思う。でもって、僕らが(つまり、僕みたいな文章を書く人間が)演説スタイルに慣れすぎていて、細かい意見の交換にあんまり向かないものに固執しているきらいはあるだろうと思った。

でも、逆に言えば、やっぱり演説には美文章が必要なんだろうとも思う。でもって、世の中には演説(プレゼンテーション)が必要とされる場面もきっとあるのだ。だから、美文章は滅びぬ!何度でも蘇るさ!とムスカばりに宣言して、ここで話を締めくくりたいところだが、書きたいことはそれではなかった。

自分でもScrapboxを使っていて、箇条書きを並べてコメントをスイスイ差し込んでいける快適さに慣れつつあるのだが、案外箇条書きって難しいのだ、ということにも同時に気がつかされている。

つまり、フォーマットとしての箇条書きは簡単に作れるのだけども、それだけでは十分ではない感触があるのだ。

以前、「箇条書きと知的トレーニング」について書いた。

箇条書きと知的トレーニング – R-style

とある方が、「箇条書きばかりをしていると「思考のトレーニング」にならない」みたいなことをおっしゃっていて、ようするに何も頭を使わなくても、個条書きで要素(らしきもの)を並べることは、イージーに出来てしまうといいたいわけだ。ちなみに、それと同種のイージーさで文章も書けてしまうので(ネットを見渡せば明らかだ)、フォーマットの問題でないことはたしかである。

そのことは、以下のページを見ても明らかだ。

頭にスッと入ってくる箇条書きの構成方法 – 橋本商会

単に要素を頭から書き並べたものではなく、そこには「整理」がある。読み手が内容をgetできるように整えられているのだ。

でもってこれは何も箇条書きに特別なことではない。ごく普通に書き下された文章だって、そのままでは大抵読めたものではないので、適宜推敲される。その推敲の過程で、必然的に対象について「考える」ことになる。それが、知的トレーニングとして機能する(知的さを鍛える意図がなくても、自然に鍛えられる)。

だから、Scrapboxでは、ショートカットで行単位の操作が簡単に行えるようになっているし、各種アウトライナーも同様である。書き下ろしが完成形ではないし、むしろそうであってはいけないのだ。頭から出ていく形と、相手に受け取ってもらえる最適な形は異なるのだから。

結局、美文章を書くのでも、機能する箇条書きを書くのにも、一定のスキルが必要なのである。少なくとも、箇条書きを使いさえすればコメントのやりとりが超スムーズに行く、ということはないだろう。それも、絶望的にないだろう。

しかし、美文章スキルを一定レベルで身につけるのと、機能する箇条書きが書けるようになるのでは、後者の方が敷居は低いだろうと予想される。

一度に扱う概念のレベルが小さいので、認知的負荷も低く、「ええい、やってられるか」みたいなスパゲティ・コードをデバッグしなきゃらないときの気持ちを味わわなくても済む。この辺の魅力は、アウトライナーの良さにも通じている。断片化なわけだ。

だからまあ、箇条書きだって簡単ではない。でも、とんでもなく難しいこともない。そういう感触である。

というわけで、今回は演説してみた。箇条書きならば以下を。

箇条書きだって簡単ではない – 倉下忠憲の発想工房

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