3-叛逆の仕事術

バレットジャーナルについて

バレットジャーナルの本が4月18日に発売されるようだ。

バレットジャーナル 人生を変えるノート術
ライダー・キャロル
ダイヤモンド社
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今から楽しみではあるが、本を読む前に、少し自分の考えを整理しておきたい。

バレットジャーナルの特徴

バレットジャーナルは、以下の三つの特徴を持つ。

  • 有限化と注意
  • フィルタリングと思考
  • 拡張性と型

有限化と注意

バレットジャーナルは、手書きのノートを基本とし、そこに箇条書きで書き付けていく。

まず、手書きのノートは紙面を持つ。無限にスクロールさせることはできない。つまり、開いたページから目に入ってくる情報量は上限を持っている。

また、通知のバッチがつくこともないし、音もならないし、面白いツイートが飛び込んでくることもないし、うっかりクリックしていらいらさせられる広告もない。あるいは、そのようなアプリへと意識を誘う情報がない。自分が書いたものだけが、そこにある。機能が限定的な分、そこに集中できる。

注意というのが有限の資源であるならば、その引受先は小さい方が作業に集中できる。少なくとも、無限に吸引できるものたちに囲まれているよりははるかにいい。

するとこれは、「片付けの魔法」に近いとも言える。ある情報領域の中を、一定の秩序でもって維持しておくわけだ。そこに「余計なもの」を入れないようにしておくことで、「余計なもの」(※)に注意を持っていかれないようにしておく。
※かぎかっこを付けているのは、定義次第でいくらでも変わりうるものだからだ。

この話は、フィルタリングにもつながる。

フィルタリングと思考

「有限」であるならば、「何もかも」を引き受けることはできない。そこには選別が必要である。

手書きというのは手間がかかる。全自動なら1000の情報を扱えても、手書きなら10とか20になってしまう。そうなると、自分にとってどうでもいいようなものは、捨てざるを得ない。ここに、線引きの意識が発動する。言い換えば、自分にとって何が大切なのか、ということに意識が向くようになる。

今日書いたタスクを明日のリストに書き写す。またそのタスクを翌日に、さらに翌日に。そういうことを繰り返していると、「この作業、やる必要あるかな?」とか「別の方法があるかも」みたいなことを考える。書き写す手間が、思考を刺激するのだ。

「欲しいものリスト」とか「いつかやりたいことリスト」も、ノートを変えて情報を引き継ぐときに、自然に「いや、これはもういいな」という感覚になるものが出てくる。そこでフィルタリングが発生する。書き写す手間が、思考を刺激するのだ。

これを「機械的」にやってしまっては、あまり意味がない。それは言葉通りコピペするということだけでなく、何も頭を働かせずに一種の作業としてそうした書き写しを行うことも同じである(人間は、わりとそういう作業もできてしまうのだ)。

これまた「片付けの魔法」と同じで、一つひとつ対象に注意を向けることが必要だ。でもって、集められた対象が有限であれば、そのような行為もやりやすくなる。「これまでWebクリップした全ノートを一つひとつ見て回り、用済みのものはありがとうと感謝を込めながら削除していきましょう」──いったい何日かかることだろう。

バレットジャーナルには、「すべての情報」は残らない。しかし、そのときの自分が判断した大切な情報は残っている。おそらく、これだけのことでもこのツールを「信頼」するには足りる。結局、今の自分が安心できれば、それでいいのである(※)。
※不安感が強い人はこれでは足りないかもしれない。

拡張性と型

上記の話だけであれば、「手書きノートの良さ」でまとめてしまえるだろう。しかし、バレットジャーナルには、拡張性がある。この点が重要だ。

まず、極端な二つの状況を考えよう。一冊のノートをポンと手渡されて、「さあ、自由に使ってください」と言われる。きっと途方に暮れてしまうだろう。結局そのような自由とは、無限性への誘いであり、人を行為から切り離してしまう。

一方で、一冊のフォーマッティングされたノート(ようするに手帳的なもの)を手渡されて、「ここにはこれを書いて、そこにはあれを書いてください」と綿密に言い渡され、そこからの逸脱が不可能だとしたらどうか。記入自体はスムーズに進められるだろうが、きっとどこかで嫌になるか不都合にぶつかるだろう。一人ひとりの人間が気にしていること、注意を向けたいことは異なっているはずなので、固定的な均一性ではどうしても無理が出てしまう。

だからこそ、その中間的な在り方である。

スタート地点としての型が示され、そこから自由に拡張していける。有限化された状態から、可能性をインクリメントに加算していく。そういう形なら、進みやすいだろう。

最終的にいろいろいじってみたら、ほとんどバレットジャーナルとしての原型を留めない方法になっていた、というのだってまったく構わないはずだ。そのような方法によって、自分自身の情報が──引いては自分自身が──しっかりと管理できている(≒舵を持てている)という感覚を得られるならば、方法はどういうものであっても問題ない。それこそ「あなたの方法」でいいのだ。

しかし、そもそものバレットジャーナルというスタート地点がなければ、その場所にたどり着けなかった可能性はある。「なんでも自由に」は、それくらい行為を起こすのが難しい。

一方で、昔から既存のテクニックの自己改変は当たり前のように行われてきた。情報カードシステムもどきとか、自己流GTDみたいな話はどこでも見かける。結局、自分という現実に対処するためには、既存の要素の調整は欠かせない。

が、バレットジャーナルははじめからそのような「改造」を前提として織り込んでいる。そこでは、改良は「逸脱」ではない。むしろ本流である。

このことは、「逸脱」慣れしていない人にとって、きっと福音になるはずだ。

さいごに

おそらく今後バレットジャーナルの原典と呼ばれるであろう本を読む前に、現時点の私のバレットジャーナルについての考えを示してみた。

本を読み終えてみたら、ぜんぜん違っていた、という可能性もあるが、それもまた一興であろう。

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