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失業率、就職内定率、自殺

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仕事をなくした社会人、仕事を得ることができなかった大卒者の自殺者の数が交通事故による死亡者よりはるかに多いらしい。

このことを少し考えてみたい。

人間というのは、他者との関係性で社会の中に定義される。つまり社会でのポジションがそのままアイデンティティーにつながるということが多い。

この構図を無視して生きていける人はかなり精神力の強い人か、自分自身に確かな自信を持っている人だろう。

たとえば、「社会人」という言葉がある。
大学生より若ければ、学生。学校に行ってなければフリーターということになる。大学生以降であれば、「社会人」に分類される。で、その社会人という言葉に含められている意味は就職である。

現代では、大学生以降のフリーターの存在も徐々に認知されているが、それでも多くの意見では就職することがそのまま「社会人」につながる。

では、「社会人」になることができなかった人間は、何に分類されるのだろう。

こうやって分類され、ひとつの枠の中に入ることで、人格的な安心感を得ることができるのだろう。
もし、その中にしか安定感を見出せない人間が、就職できなければ、自分の定義がひどく曖昧になってしまうのだろう。

それは、一人の大人として間違った事だと思う。

たとえば、どうしてもかなえたい夢を持つ人間は、就職できなくて、日々バイトで過ごしていても、その夢に向かって進んでいる限り、「世間体」を気にすることはない。

それが人間として自立しているということだと思う。

経済の構造に無理が出てきて、 万人が「安定した」仕事につくことは難しくなってきている。この流れはどんどん大きくなってくるだろう。
日本の社会の中で、日本人に提供できる仕事の数もだんだんと減ってくるだろう。

そのような社会では「安定した」仕事を追い求めることよりも、「充実した」仕事を追い求めることが大切になってくると思う。
よほど経済的固執を持っている人はともかく、自分のやりたいことを自分で追求するということが当たり前になってくるだろう。

そういう社会では失業率や就職内定率という数字は実質的に無意味になってくる。

もしかしたら、自殺者の数も増えるかもしれない。
自分のやりたいことを自分の中に発見できない人にとっては生き難い社会になるだろう。

重要なのは社会の構造の問題を指摘していくよりも、自分の生活を充実させていくことだろう。

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