「タスク」の研究

気が向いたときだけレビューする

『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』では、一種冒涜的な提案がなされていまして、それが「頓服レビュー」です。

「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門 (星海社新書)
倉下 忠憲
講談社
売り上げランキング: 40,026

基本的に、GTDなどのシステムではレビューは「定期的」に行うことが推奨されています。何せ、各種のリストが信用できなければ、次の行動の適切な選択はできないのですから、定期的なレビューは不可欠と言ってもよいでしょう。

ある意味で、GTDをシステムとして成立させるための肝がレビューであるとすらいえるかもしれません。

しかしながら、そのレビューこそが、GTDに挫折を呼び込む一番のポイントであったりもします。実際、私が見聞きしていても、レビューがなかなか継続できない、苦痛で仕方がない、という意見をよく聞きます。でも、よく考えてみればこれは当然のことです。頭の中をすっかり書き出したり、適切なリストを作ることは一回きりの行動ですみますが、レビューは繰り返されます。つまり、習慣です。でもって、新しい習慣を身につけることがいかに難しいかは、習慣に関する書籍がたくさんノウハウ本コーナーに並んでいるのを見かければよくわかるでしょう。

つまり、大胆に言ってしまえば、レビューは挫折して当然なのです。いきなりなんの準備もなく挑戦したら、だいたいの確率で途中で嫌になります。意義も感じられず、また何かを生み出すようなフィードバックもないので、そりゃできなくて当然です。

にも関わらず、それができないことで苦痛が生まれます。「しなければいけないことが、できていない」という、あの嫌な感覚が芽生えるのです。これが結構困ったことです。自分を少しでも楽にするためにタスク管理をやろうとしているのに、そのことで多量の苦痛を抱えているのですから、どう考えても歪んでいるでしょう。

しかしながら、そうはいっても、やっぱりレビューというのは有効なのです。GTDが提示する方法にきちんと従わなくたって、ちょっと立ち止まり一週間の手帳を振り返ったり、今の自分が悩んでいることをノートに書き出してみたり、抱えているプロジェクトをアウトライナーに並べて順番を入れ換えてみたり、エディタにフリーライティングしたり、自分の「指針」を書き直したりすることは、直接的な「生産性」(≒ダイレクトなアウトプット生成)を持たなくても、人の心を落ち着かせる効果はあります。

だいたい心の足元がぐらついているときは、自分の心と向き合えていないことが多いのです。自分の心のピントが、目を向けても仕方がないものに合っている感覚、別の方向に気が向いてしまっている感覚。その感覚を上書きするために、何かしらのレビューは役立ちます。

だから、一応建前としては定期的に行うことがよいとしつつも、別にその通りにしなくても構わないし、たまに心がウズウズしているときに、──あたかも頓服薬を飲むかのように──レビューすればいいのではないかと、『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』では提案しました。

提示されたノウハウを規範として仰ぎ、その通りにしなけれならない、そうでなければ逸脱である、と捉えるのはあまりにも、苦しい領域に人を追い込みかねません。でもってそのおかげで、効果のあるノウハウから遠く離れてしまうのも悲しいものです。

特定のノウハウのマスターになろうと欲しているのでない限り、大切なのは「提示された通りに行うこと」ではなく、自分の生活がうまくまわったり、心のもやもやした感じをなんとかやりくりできることの方でしょう。だから、別に頓服だって構わないと私は思います。

そうした行為に効果が感じられ、必要に応じて自分が実行できるようになるならば、別にそれでいいじゃないですか。でもって、そういうのを何度か繰り返して、効果が実感されるようになれば、いつかは習慣になるかもしれません。そういう登山ルートだってありそうです。

以上のような意見は、もしかしたらノウハウ提供者から見ればあまりにもラディカルなのかもしれませんが、私はぜんぜん気にしません。ノウハウなんてものは、うまく使ってナンボなのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です