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「フリーター」をどう捉えるか。

新聞やテレビなどのメディアではよく「フリーター問題」というのが取り上げられる。
フリーター問題というのは、フリーターが増えて困ったことになってます、というようなことだ。
では、なぜフリーターが増えると困るのか?

1、若い世代の収入があまり多くならず、経済的に安定しない。
2、仕事をしていくうえで技能を身につけることができず、人材が育たない。
3、親の負担が大きい。

と、まあほかにも、理由は挙げられるのだろうが、おおむねこういう路線の話であろう。
しかし、こういう論の展開の根本には、大人になったら就職するのが当たり前で、それをしない奴らはまじめじゃない、というような「大人の意見」があると思う。

こういう「大人の意見」の何が問題なのかというと、現在就職せずに、アルバイトや派遣などで会社を固定せずに働いている人間全てを「フリーター」としてくくっているということだ。

当たり前だが、その中には様々な理由でそのような雇用形態で働いている人がいる。

認識の問題だが、フリーターつまりアルバイトもひとつの雇用形態である。ただそれだけだ。
が、社会の側が、アルバイトを雑用専門に使っているようなところが多いし、社会保障の制度からも、ほとんど考えられていないことから、社会における地位が低いものになっている。

もちろん、とくにコレといった目的もなしに、だらだらと働いている人間が増えるのは困る。
しかしながら、会社に就職しても、そのような奴は対して変わらない。会社にとっては、そういう人間に大きなお金を掛けるくらいなら、アルバイトでまかなった方がマシな仕事はいっぱいある。

しかも、数多くのフリーターがサービス業を支えているという現状もある。

いろいろなj雇用形態があり、それが一様に社会保障で守られているという制度を作ることがまず第一であろう。
その上で、目的や仕事が見つけられない若者になんらかのケアをするというのは有効だと思う。

現在、声高にフリーター問題が取り上げられているのは、大卒者などの就職率の低さであろう。
(個人的にはこの就職という言葉の使われ方もちょっと首を傾げたくなる場合が多いが)

つまり、就職する会社が見付からなくても、とりあえず働き口があるから、就職活動に熱心にならなくてすむという状態があるのだと思う。

それが、果たして悪いことなのであろうか。
逆に言えば、そういう人間達のクッションになっているのが、「フリーター」という存在ではなかろうか。

ある部分は、有効に「フリーター」期間を使う人間がいて、ある部分では、「フリーター」に振り回されている人間がいる。
問題なのは後者のほうである。

とりあえずフリーターが、なし崩し的に続けていくフリーターに変化したときに、それは問題となると思う。
しかしながら、その問題は、本人と周りの人間の問題である。

もちろん会社に勤めるというのは悪いことではニ。ある種の人間にとってはそれはひとつのゴールになりえる。
しかしながら、時代の変化から、それがゴールだと考えられない人間が増えてきている。

会社に勤めることが、人生の答えではない。

それは、ただの一歩に過ぎない。

そしてその一歩はいろいろな方向がある。

ちょっと、考える頭を持っている人間だったら、何でもいいからとりあえず会社に就職しようなんて思わないだろう。
そこには何の保証もない。唯一守られるのは、わけのわからない世間体というものだけだ。

自分のやりたいことがわかっている人間はそれに向かって進んでいけばいいし、それがわからない人間は立ち止まってそれを探す時間があってもいいと思う。

私はあくまでも「フリーター」という雇用形態を肯定的に捉えたい、
しかし、それは「フリーター」という人間を肯定的に捉えているわけではない。

議論の混乱は、それをいっしょくたんにしていることが原因ではないか。その二つはまったく別のものである。

前にも書いたが「フリーター」という人間を全て同じ線でくくることはできない。それをきちんと認識しておきたい。

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