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年金問題から考えるこの国の憂鬱な現状

毎日のように、年金についていろいろなニュースがでてくる。

年金制度の無理、年金制度を取り巻く環境の問題、さまざまである。

年金の財源不足は、もはや深刻さを通り過ぎている。

また、国会議員が年金を未納していたということもあった。
このことはそんなに重大な事態であるとは思わない。が小泉総理の「うっかりしてたんでしょ」というコメントがどうしてもひっかかる。

じゃあ、「うっかりして」いれば国民も別に払わなくても、文句はいわれないのだろうか。

現状のもっとも深刻な問題とは、年金制度ではない。制度は確かに問題がある。しかもそれはかなり大きな問題である。が、制度そのものが悪いと批評したところでどうもつかみ所のない感じしか得られない。

たとえば、いつもいつも約束の時間に10分遅刻してくる人がいたとしよう。毎回毎回遅れてくるので、あなたはわざと約束の時間を10分早く告げておく。そうすれば事態の進行に不備は生じない。が、そもそものその人がどうして遅刻するのか、あるいはどうすれば遅刻してこないのか、という問題には一切手をつけていないことになる。

現在ニュースで取り上げられている問題は、ようするに末端である。

中心になる問題とは、「意識」である。
まず国会議員に、年金を本気で何とかするという意識が少ない。少なくとも多くの議員は、とりあえず現状で何とかやりくりしていこうという空気を持っている人が多いように思う。
そして、そのことを意識しながらも、どうにも深刻になりきれない国民の「意識」も問題である。

政治が変わらなければ国民が変わらないのか、あるいその逆なのかはわからない。そういうことを考えていても何も解決しない。

「国民」のできることは、投票することか、選挙に出ることである。「メディア」は情報を正確に伝えることだし、「政治家」はこの国の将来を見据えて政策を想像し、創造していくことである。

が、このどれもが機能していないように思う。

このような状態では、結局のところ本質的な解決はいつまでたっても得られないと思う。

Aが変化しなければ、Bも変化しない。
Aが変化するためには、Bが変化しないといけない。

こういう状況は、ある種の平衡状態を生む。

これが、今の日本という国の状態だと思う。

そうして、少しずつ少しずつ何かが死んでいく。

もしかしたら、もはや取り返しのつかないところまで来てしまったのかもしれない。

年金が足りない、国債が返せないほどある、などの問題は別段たいしたことではないのだ、なにせ国はその国の紙幣を印刷できるし、金利もある程度介入できる。
がんばればインフレにすることもできるだろう。

が、それで問題が解決したとは決して思えない。

いつも、いつも、いつも小手先だけの議論を繰り返す、国会議員が多い。
わけのわからない解釈や、「国会議員的」な日本語の使い方をする人もかなり多くいる。

もう、日本国民が一つにまとまるのは不可能である。
世代間で圧倒的な「差」というのが厳然として存在している。それを避けて通ることは不可能である。

国民全員が不利益をこうむるような政策を政府が行うならば、「不投票」というのも一つの選択肢だと思う。投票率が2割をきったら、さすがに国会議員もマジにならざる得ないと思う。

が、現状では、どこかの世代が得をして、どこかの世代が損をする構造しかない。なぜならば、現在の上の世代はあきらかに「優遇」されすぎている。数字的に不可能としか思えないような計画がどんどん実行されてきたからだ。

その無理のつじつまあわせをどこの世代が行うか、ということが「選挙」での着目ポイントになると思う。

現状では「不投票」というのは、高年齢層優遇政策に票を投じているのとほぼ同じである。高年齢層はかなりの数が投票に出向いている。

20代の人間にとってこの国は、決して希望にはなりえない。すくなくとも現状では。
とにかく、自分にできることからしていくという一番シンプルなことが求められていると思う。

一人一人の意識の改革がスタートなのだ。
「メディア」を鵜呑みにすることもできない、政治家を信頼することもできない、となると国民は自分から情報を求め、そして行動に移していかなくてはいけない。

これは、なんとなく「自己責任」という言葉がぴったり当てはまると思う。

ようするに、今までは「責任」を放棄してきていて、そのことがこの国を憂鬱さで満ち溢れた現状を作り出してきたのだといえると思う。

誰が悪い、何が悪い、と言っただけでは何も変わらない。どうすればよいか「自分」の頭で考えること、それが「個人」のできることではないか、とそう思う。

2 thoughts on “年金問題から考えるこの国の憂鬱な現状

  1. 国会議員に年寄りが多すぎるのも、年金改革が進まない一因かもしれません。自分がもう生きていない時代にどうなっていようが構わないとまでは思っていないにしても、切実には感じていない。でもそれは若者も一緒か。もっと若い人が選挙に行って発言力を強めないと、いつまでも搾取されるだけなんじゃないですかね。

  2. コメントありがとうございます。

    たしかにその通りだと思います。切実さのなさというのはイコール現実感の薄さ、あるいは欠落と結びついていると思います。

    先日の、統一~選挙で、3つの選挙区ともに自民党が議席をとりました。
    埼玉では、投票率が4割をきっていたようです。

    投票所の映像では、高年齢層の姿ばかり。

    別に民主党が日本を変えるなんて過剰な期待はしていませんが、すくなくとも自民党に政権を降りていただかない限りこの現状は決して打破されないと思います。

    そのための一番有効な手段が選挙なんですけどね。

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