1-情報ツール考察

バレットの呪い

以下の記述について検討する。

セミナー受講中のメモ取りはアウトライナーだと厳しい | シゴタノ!

メモは手書き(と言ってもApple Pencilだけど)の方が書きやすい。一方、アウトライナーは、書こうとしている内容と、どの階層に書くかを同時に考えないといけないので、負荷がかかる。

アウトライナー はどこか完成品に近い印象を抱かせるからかも。カチッとしたMECEな構造を正しく作り上げないといかん、という謎の圧がかかる。

おおよそ、同意される人が多いのではないか。

しかし、それは誤解であり、その誤解を解きたいという声もある。

ポイントは、何が「謎の圧力」を生んでいるのか、だ。

バレットの呪い

以前参加したイベントでは、たまたま起動させていた7wrinerでメモを取った。その際は、一回の書き込みごとを一項目としてそそくさとメモしていった。謎の圧力は発生しなかった。なぜなら、7wrinerでは階層構造を作れないからだ。作れないから、考えることも要請されない。

あるいは、そのメモをテキストエディタでとっていた場合はどうか。そこでも似たような結果が得られただろう。手書きに比べれば空間配置的自由さは落ちるが、それでも「謎の圧力」は発生しなかったに違いない。

アウトライナーにせよ、テキストエディタにせよ、7wrinerにせよ、デジタルでテキストを扱うツールとしては基本的に大差はない。違いは、「見た目」である。これが、私たちに何かを訴えかけてくる。そこに差異が生じる。

たとえば、最近DynalistをArticle Layoutで使っている。バレットを表示しない形式である。

これが見事に「アウトライナーを使っている」という感覚がない。むしろ、CotEditorなどのテキストエディタを使っている感覚に非常に近い。バレットの表示の有無が、それほど違いを生むことに驚いてしまう。

でも、それだけではない。

たとえば、上記をバレットありの「List」 Layoutに変更してみる。

たぶん違和感というか不自然さを感じるのではないか。では、こうすればどうだろうか。

どうだろうか。すご〜くしっくりくるのではないだろうか。ここに問題がある。

アウトライナーで情報を「ひとまとまり」にしようと思う場合、一般的にはそれを階層化することで達成される。テキストエディタのように空白行で区切りを入れること自体は可能だが、どうにも落ち着かない。空白行のバレットが非常にうるさいのだ。何か間違った使い方をしている気がする。1+0+2+0+3のような計算式を見ているような違和感。

それに比べれば階層型リストとしてまとめておけばすっきりするし、移動や開閉もやりやすい。だから、つい構造を作ってしまう。そのために、いまタイトルがないようなものにまでタイトルを付けてしまう。

一部分にでも構造ができてしまえば、あとはなし崩しだ。人間はパターンとしてそれを処理する。しようとしてしまう。その他の要素まで同じ粒度で構造を揃えないと、気持ち悪い感じが生まれる。構造は浸食力を持つ。

謎の圧力である。

そんなものは、誰も求めていない。ツールだって要請していない。たんに、自分の情報処理の傾向として、そういうことをしないと落ち着かない感じになってしまうだけである。だからこそ、これはやっかいだ。外部的というよりも、内部的な問題だからだ。

別段アウトライナーで空白行で区切りを入れることは問題ない。無理にタイトルを付けずに、空白行の下に項目を入れることもできる。でも、それはひどく落ち着かない。テキストエディタを使っているときには、感じなかったもろもろの感覚が立ち上がってくる。

だからこそ、アウトライナーでは断片的な情報に何らかの秩序を与える行為が生じやすい、とも言える。テキストエディタでは単に放置されていたはずの情報に、「処理」の行為を促したくなってくる。しかしその処理は、「ただ書き下ろす」ということをするときには、つまり選別や構造化に関する判断抜きに情報を書き留めるときには、ある種の衝突を引き起こしてしまう。

それを「バレットの呪い」と呼ぶことにしよう。

さいごに

これは慣れの問題なのだろうか。つまり、ある程度使い慣れさえすれば、バレットの呪いは解除できるのだろうか。

おそらくはそうかもしれないし、そうではないのかもしれない。あまりにも属人的な要素が大きすぎて、断言するのは難しい。

とりあえず、一つ言えるのは、DynalistのArticle Layoutを使うことで、私の「バレットの呪い」は解除された、ということだ。今は謎の圧力なしに使っていけている。空白行で情報に区切りを作れることが、これほど大切なことだとは今まで思いも寄らなかった。

一方で、メモを取るときに、テキストエディタであっても窮屈さがぬぐえないという場合は、それはやはり「手書き」(アナログにせよデジタルにせよ)よる情報の空間的配置が必要なのだろう。情報の捉え方が、時系列でリニアにただ流れていくのではなく、むしろ関係性・関連性が強く想起される人ならば、一列にしか書き出せないテキスト系ツールではやはり力不足だろう。

これに関しては慣れの問題というよりも、思考の傾向の問題である。思考を無理に改造して、ツールに合わせる必要はない。手に(脳に)馴染むツールの選択が吉であろう。

(編集後記)
vimのように、複数のモードを持つアウトライナーという構想もありえる。Dynalistは「見え方」だけだが、機能的なモードの違いがあっても面白い。

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