「タスク」の研究

動的であろうとすること

シェイク。トップダウンとボトムアップの両方のアプローチ。日常と人生の行ったり来たり。人生の目標は、日常に影響を与え、日常は人生を構成する。

デルタ状の実践。一つの理想や目標を目指しながら、小さな実践を改良を繰り返していくこと。実践の結果を受け、目標に至る道を修正していくこと。あるいは、目標そのものをアレンジしていくこと。

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ここにあるのは、固定の否定である。動的であろうとすること。

アイビー・リーは6つだけ選びなさい、と言った。

6つですべてが終わるわけではない。でも、6つの大切なことは進められる。それで十分だし、それが十分なのだ。明日にはまた明日の6つが選ばれる。今日とは違った判断が下される。大切なものが、選び直される。

毎日、毎日新たな判断が下される。新しい状況を受けて、新しい情報を受けて、そして昨日までの結果を受けて。

ミッション・ステートメントは、書くのに時間がかかる。

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ミッション・ステートメントは短期間に書けるものではない。深い反省、注意深い分析、入念な表現、そして多くの書き直しを経なければ、完成には至らない。本当に自分のものにするには、あるいはそれが自分の心の奥底の価値観と方向性を十分に表現できるまでは、数週間あるいは数か月を要するかもしれない。

その場の思いつきやノリで書ききれるものではない。writeを経ての、rewriteが必要となってくる。私たちは、ひとときの意識で自らのすべてを表現することはできない。そもそも、私たちは揺れる存在である。その存在を微分しても、断片的な結果しか得られない。自己を積分すること。そのようにして、ミッション・ステートメントを書くこと。一日のセミナーで、人生の目標を決定するのではなく、やりたいことと、自分にできることの行ったり来たりを経て、そこに至ろうとすること。安易に人生の目標に逃げないこと。決断主義に至らないこと。

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ミッション・ステートメントは、個人の憲法である。そして、憲法は、変えられる。簡単ではないが、変えられるものである。ゆっくりと、しかし動的な存在。

GTDの高度レベル(ホライズン)では、「大きな目標や潜在的な願望を明らかにするには、より深く自分の内面を見つめていく必要がある」と言われている。なるほど。しかし「より深く自分の内面を見つめる」とはどういうことだろうか?

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あなたはそんな経験をしたことがあるか? より深く自分の内面を見つめる、といった行為を。寺で座禅を組む? ソローのように森で生活する? なかなか日常で体験できるものではない。

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もし、思索だけで自分の内面の深みへたどり着けるなどと考えていたら、大きな勘違いである。自己内観における錯覚だ。頭の中で自分についてどれだけ考えたところで、考えられるのは自分が思い出せる自分、自分が知りうる自分だけだ。もっと悪ければ、自分についての先入観が思い出す記憶を偏らせることもある。あるいは、記憶は捏造されることもある。

だからこそ、紙一枚を出して、30分それと向かい合ったら、「自分の人生の目標」がわかるなどということはない。それは、一時的・限定的・微分的な「目標」である。決断主義は、その「目標」に人生をベットするのだ。ギャンブルを親しむ私ですら躊躇するような選択だ。

もちろん、そのような「目標」は出発点としては利用できるだろう。たたき台としては機能するはずだ。それを目標に据えて、実践してみる。結果からフィードバックを受ける。そのステップがあれば、少しずつ前に進んでいける。地図を埋めていくことができる。「自分」についてわかるようになってくる。

目標は、そういう機能を持つものだ。前に進むための目印であって、それ自身に価値があるものではない。

「目標」の研究
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固定は楽である。その世界では、判断は用を為さない。最少の認知資源で生きていける。

動的はやることがいろいろ多い。その世界では、おりおりに大きな判断を下していかなければならない。

最終的に目指したいもの・得たい状態によって、より適切な選択は変わってくるだろうから、どちらがいいと断言することはできない。ただ、私は動的でありたいと願っている。その願いもまた、動的であって、いつかは変わるかもしれないが。

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