「タスク」の研究

優先順位について

優先順位について考えていきたい。

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『エンジニアのための時間管理術』には「優先順位」という章が一つ立ててある。

まず、三段階の優先順位が提示される。

・今日中に済ませなければならないことが優先順位A
・すぐに済ませなければならない(ただし今日ではない)ことは優先順位B
・その他はすべてCに設定する

非常にシンプルな設定法である。これでうまくいくならそれにこしたことはない。

ただし、やってみるとすべての項目が優先順位Aになってしまう、ということがある。どうするか。

これまたシンプルな解決法として、「作業項目の先頭から片付けていく」が提示されている。非常にわかりやすい。

もし、一日分の作業時間に、作業量が収まるなら、これで何も問題はない。というか、そういう状況になっているとき、どの作業から手をつけても結果は(たいして)変わらない。だったら、うだうだ悩んでいる間に手をつけた方がいい、というのはわかりやすい話ではある。

しかし、そもそも「一日分の作業時間に、作業量が収まる」ということが夢物語な場合がある。顧客からの要求は多く、しかし作業時間の拡大には限界がある。つまり、何かがはみ出る。それをどうするか。

ここでさらに「顧客の要求」という基準が打ち立てられる。詳細は本書に譲るとして、顧客が何を要求しているのか、どうすれば最低限の満足を与えられるのかを考えて、優先順を決めていく、ということだ。

システムエンジニアの仕事の場合は、おそらくそれでうまくいくだろうし、そうしなければうまくはいかないだろう。なにせ顧客あっての仕事である。

では、他の仕事はどうだろうか。顧客がいて、その要求がダイレクトに入ってくる場合は、似たような指針でいけるだろう。もちろん、「大口顧客の場合は、些細な事柄でも優先せよ」のような独自ルールの作成はありえるが、それはルールの拡張として理解すればいいだけだ。ルールがそこに働いていることは相違ない。

似た話は、『アルゴリズム思考術』にも出てくる。何を達成したいかによって、優先順位のつけ方(≒タスクの選び方)の適切さは変わってくる。

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プロジェクトの優先順位

さらに『エンジニアのための時間管理術』では、プロジェクトの優先順位のつけ方も提示されている。これも実に示唆に富む。

出てくるのは二つの軸だ。「実質的な効果がある・表面的な効果しかない」「難しい・簡単」である。

たとえば、私の場合、メルマガ原稿を10分短縮して完成させられるためのプログラムを作るプロジェクトは、実質的な効果がある。一方で、シャドウバースの新デッキを10分早く組めるプログラムを作るのはどうか。たしかに10分の節約が見込めるが、そもそもそんなことにうつつを抜かしている場合ではない、という巨大なツッコミが入るだろう。

このように、「やったらやったで何かしらの効果はあるけども、そもそもその意義がとても小さいもの」というのがいくつもあって、そういうものが「表面的な効果しかない」と評される。

「難しい・簡単」は、そのプロジェクト達成の難易度である。

このように考えたとき、もっとも喜んで取り組めるのは「実質的な効果があり、簡単」なプロジェクトであろう。が、そのようなものの数は多くなる。たいてい、簡単なものは効果も小さいものである(※)。
※その小さなものを積み重ねていくことで大きな結果を出そうというのが結城浩氏がよく使われている「インクリメンタルな環境改善」である。

一方で、明らかに取り組むべきではないのは、「表面的な効果しかなく、難しい」ものであろう。しかしながら、こういうのはパズル的な楽しさがあって、嵌り込んでしまう危険性が常に付きまとっている注意が必要だ。

以上のように、「実質的な効果があり、簡単」なものはその数が少なく、「表面的な効果しかなく、難しい」はそもそも取り組むべきではないので、私たちの選択は、だいたいの場合、「実質的な効果があり、難しい」と「表面的な効果しかなく、簡単」の二つになる。勘のいい人ならば(あるいは人間の性質に造詣が深い人ならば)、この選択が危うい傾向を持つことが予想されるだろう。

私たちは、「簡単」ことに引かれがちである。そして、実質的な効果と表面的な効果は、非常にやっかいなことにそう簡単に(≒直感的に)判断できるものではない。作業が10分短縮される、という結果だけで判断してしまえば、メルマガ原稿もデッキ作成も同じレイヤーに載ってしまう。その二つから片方を選び、片方を捨てるためには、やはり何かしらの判断基準・価値基準が必要である。「私は物書きとして仕事をしているのだから、それに貢献することが大切なのだ」という価値基準である。それがあってこそ、「表面的」かどうかを判断することができる。これは、以前にも書いた「仕事ごっと」を定義付けようと思えば、まず「仕事」の定義が必要だ、という話と同じである。

しかも、それだけではない。「実質的な効果」は、すぐに手に入る場合もあるが、そうでない場合もある。そして、そうでない場合に関しては、「実質的な効果があり、難しい」プロジェクトに関しては、なかなか着手されない傾向が生まれる。なにせ、対戦相手(比較相手)は、「表面的な効果しかなく、簡単」なものなのだ。そう、表面的な効果というのは、たいてい即効的な(≒刹那的な)効果をもたらしてくれる。

だから、この二つを比較するとき、私たちはついつい後者の方を選んでしまう。おそらく、疲れているほど(システム2(※)が機能しにくいときほど)そういう傾向は強まるだろう。
※『ファスト&スロー』より。

疲れている私の脳が、そのタイミングで「優先順位」をつければ、選ばれるものは簡単なものになるだろう。

そう考えれば、優先順位をつけることそのものが重要ではない、ということがわかってくる。そうではなく、優先順位を発生させる根源的なルール(価値基準・判断基準)が大切なのである。

二つの問題提起

というわけで、優先順位をつけるための根源的な価値基準を確立しましょう、それで優先順位問題はまるっと解決です、とまとめたくなるのだが、いくつか補足という名の問題提起をしておこう。

まず、一つには、「価値基準」と「選択」の乖離である。私は先ほど、「この二つを比較するとき、私たちはついつい後者の方を選んでしまう」と書いた。この「選んでしまう」は、リストからそれを選択する、つまり実行する、という意味である。

しかし、そういうときであっても、「大切なことは何ですか?」と問われれば、意義のある答えを私は返すだろう。価値基準を口にすることと、それに沿って行動を選択することには乖離があるのだ。

そして、ときどき語られる価値基準が、たいへん壮大になってしまう場合がある。あえて名付ければ、夢見がちなシステム2の暴走、というところだろうか。そのときシステム2は、「できるかどうか」といった現実的な要請をほとんど無視して、選択基準を確立してしまう。理想に満ちた選択基準を。

もちろん、そんな基準では、それに沿って動くことなど、そもそも不可能である。つまり、たとえ根源的な優先順位を作ったとしても、それが完全無欠の絶対的ルールとして機能するかどうかは、また別の話であり、実際的な検証を必要とするという点がある。

第二に、上記の話は基本的に「仕事」のタスク・プロジェクトを念頭においている。これをそのまま人生全般に敷衍できるのか(敷衍しても構わないのか)は別途検討が必要だろう。

人生という長いスパンにおいて、何が「実質的」なのかを見極めるのは難しい。私はコンビニでアルバイトをしていて、途中で基本情報技術者の資格を取った。今の物書きの仕事で実質的に役立っているのは、もちろんコンビニでのアルバイト経験だ。そんなこと、その当時に判断できただろうか?

もう一つ、そもそも人生という一つの出来事において、「実質的」という価値観を持ち込むことが、はたして正当なのかどうか、という疑問もある。人が生きることそのものに価値があるなら、実質・表面という線引きは何の意味もなくなる。

以上の二点を踏まえつつも、やはり選択基準となるルールは必要である。でないと、私たちはあまたのタスク(と可能性)に押しつぶされてしまう。

何かを選び、何かを捨てる。たとえそれがどれだけもったいなそうに見えても(あるは、楽に快を手に入れられそうでも)、捨ててしまう。そういう決断ができること。そして、人生全般においては、そうした決断をときに捨ててしまえること。

それが大切なのではないだろうか。

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