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「改善策」がもたらすもの

何か問題がおこります。

それはよくよく考えてみると、制度そのものに根本的な「ずれ」が生じていることが原因であることが多いのです。

で、日本政府の対応は「改善策」を講じること。

とりあえず、「問題」から視線をそらし、2,3年は問題を再発を防げればよい、というのがこの国の政府が行う「改善策」。

はじめのほうは、それでも何とか進んでいくことができるのでしょうが、同じことが永遠と繰り返されてくると、もはや取り返しのつかない状態になってしまいます。

制度を変えるにも、あまりにも多くの人間がかかわり過ぎて、そのコストが莫大になりすぎる。
あるいは、固定観念がコンクリートのように完全に固まってしまって、新しい制度という考え方がそもそも出てこない。

これは今回の国会議員の未納問題への対応にもあてはまる。

小泉氏は「改善策などの建設的な議論をしてもらいたい。与野党で対立すればいいというものではない」と耳障りの良い言葉を吐いている。
その言葉そのものは間違いではない、が、その「建設的」な議論の後にでてくる案は、先送りでしかない。

国会議員は、以前の職業とは違う年金、保険体系になるので、わかりにくく、未納がおこる。
そして、それを防ぐために天引きをする。これはまあそれでよいかもしれない。

が、一般的な国民だって、いまや転職はごく当たり前の世界である。
資本金がほとんどないような状況でも起業できるという制度をつくりながら、その制度をサポートするような年金体制にしない、というのは一貫性にかける。

日本政府が、個人の起業による経済の活性化を望むのならば、それに伴って、年金制度ももっと簡潔に、そして不平等でない制度を作るというのが、ごく自然な政策であろう。

結局のところ、はっきりとした国が進むべき道筋をイメージできない。
個々個々の政策が、一つの方向性を持っていないのだ。

そんなの当たり前じゃないか、だって国会議員なんて無能な奴らばかりじゃないか、と悲観してしまっても仕方ない。
この国で生きていくということは、とりあえずの現実である。作り話でもないし、噂でもないし、もちろんドラマでもない。現実で起こっている事態なのだ。

とりあえず、彼らにきちんと仕事をしてもらうしかないのだ。

一体、個人が政府というものに、どうすれば関与できるのか?考えてみたいところである。

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