「タスク」の研究

プログラミングとタスク管理

二回に分けて、別々の観点からタスク管理ツールについて検討した。

org-modeのタスク表示をカスタマイズすること – R-style

汎用ノートツールとタスク管理専用ツール – R-style

私が注目しているのは、「カスタマイズ」と「自分の道具」についてである。が、その前にプログラミングとタスク管理について考えてみよう。

プログラミングとタスク管理

プログラミングの場合、基本的なコマンドを覚え、それらを組み合わせて、自分の為したいことを達成する。ときには(あるいはそのほとんどは)、ググッた結果からコピペしたり、ライブラリを使わせてもらうこともある。その場合でも、自分の為したいことに合わせて微調整は必要になってくる。

タスク管理の場合でも、似たようなものだ。基本的なツールとノウハウを覚え、それらを組み合わせることで、自分の為したいことを達成する。ときには(あるいはそのほとんどは)他人が開発したノウハウだったり、あるいは体系だったシステムを使わせてもらうこともある。その場合でも、自分の為したいことに合わせて微調整は必要になってくる。

ここにあるのは、家元&流派的な考え方ではない。たしかにそのような「型」から学ぶことは多くあろうが、その「型」を身につけることが最終的な目的ではない(あなたがその流派を身につけ、師範代になりたい場合を除いて)。最終的な目的は、自分の為したいことを達成することだ。

すると、二つの課題が立ち上がってくる。一つは、いかにして「基本的なツールとノウハウ」を覚えるのか。もう一つは、自分の為したいことは何なのか、である。

ツールとノウハウの習得

「基本的なツールとノウハウ」に関しては、私は『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』(以下やるおわ)で一つの方向性を示した。これだけが答えではいだろうが、この手の話がまとまった本としては今のところ類書はない。

とは言え、もちろんこの本を読んだけでノウハウが身に付くわけではない。それは、本書が具体的な方法を提示していないからではなく、文章を読んだだけで身につくノウハウなど存在しないからだ。たとえば、手順が記された『アイデア大全』や『問題解決大全』を読んだところで、それらのノウハウが「身に付く」ことはないだろう。

結局は、それらを一度以上実際にやってみるしかない。でもって、何かのリストを作ってみる、というのは手っ取り早く始められる、一つの具体的な実践である。だから、やるおわではデルタ状の実践として、何か小さいところから始めてみましょうと提案した。これはプログラミングでも同じである。コードのコマンドをすべて理解してから書き始めるよりも、小さく作れるコードを実際に書いてみた方がいい。そこから学べることは本当にたくさんある。

たとえば、一日分のタスクリストを作る行為でも、毎日それを続けていれば頻繁に繰り返されるタスクに注目せざるを得ないし、中長期の時間を必要とするタスクをいかに扱うかという問題にも直面する。そうなれば、その問題を解決するノウハウを引っ張り出せばいい。そのように進んでいけば、「自分には特に必要ではないが、ノウハウではやれと規定されている」という余計なものを背負い込まなくてもいい。

そのような身軽な道行きの方が、きっと長く続けていけるだろう。

為したいことは何か?

「基本的なツールとノウハウ」はそれでよいとして、次なる問題は「自分の為したいこと」である。これが、存外に難しい。

タスク管理をすることで、自分は何を実現したいと思っているのだろうか。可能な限り一つでも多くのタスクを達成したいのか。それとも、余裕を持って状況に対処したいのか、それともアリバイ的に自分はこんなに頑張っていますよと管理者に提示したいのか。それによって、必要なツール・ノウハウは変わってくる。

逆に言えば、求めるものが似ているとき、機能するツールやノウハウは似通ってくる。前回言及した専門ツールが役立つのはそういう場面である。たとえば、「タスクペディア」というツールでは、タスクの状態に「当方」と「先方」がある(他に未到来、いつかがある)。これは一般的なタスク管理ツールではあまり使われない状態であるが、相手方のパスのやりとりが多く、しかも複数人とそれが行われる環境ならば有用な機能だろう。逆に、私のような基本的に一人でしか仕事をしない環境では、別段必要性は高くない。

ようするに、絶対的な正解の方法などなく、ツールやノウハウが自分にとってどれだけ有用かは、「自分の為したいこと」と照らし合わせて判断するしかない、ということだ。

そして、「自分の為したいこと」とツールやノウハウの機能がうまく一致しているとき、そこに「自分の道具」があると表現できる。

雑念の中の実践

さらに逆に言おう。「自分の為したいこと」が不明瞭なとき、何が「良い」のかは判断できない。だから、良い・悪いを判定したければ、「自分の為したいこと」を見極める必要がある。

また、「自分の為したいこと」が、非現実なものの場合、どのようなノウハウやツールを持ってきても、それは達成されない。その場合は、「自分の為したいこと」を修正していくしかない。

ここで「実践の必要性」という、あまりにも平凡な結論が出てくる。「自分の為したいこと」が不明瞭だったとして、思索を重ねればそれが明らかになるかと言えば、それは無理であるし、仮に答えが出ても間違っている可能性が非常に高い。何かを実際にやってみて、「これは不要だな」「ここがもっと欲しい」という切実な要望が出てきて、それに注目するとき、まるで浮かび上がるように「自分の為したいこと」が輪郭線を持ち始める。

また、「自分の為したいこと」の非現実性も、自分でいろいろやって、ときにツールやノウハウをとっかえひっかえした後で、ようやく腑に落ちるという部分がある。他者から「それって非現実ですよ」と力説されても、説得されることはまずないだろう。自己というのはそれほどまでに完結した世界なのである。

だから、結局実践してみるしかない。しかも単に実践するのではなく、「自分」に注意を向けて行うのだ。自分はそのやり方にどういう感じを受けているだろうか、どんな問題点があるのだろうか。無心でノウハウにあたるのではなく、むしろずっと雑念を抱えたまま実践する。その中で、発見していく。「自分の為したいこと」を浮かび上がらせていく。そういう行いである。

さいごに

学校だとか硬直的な会社の場合、「為すべきこと」は上から与えられ、しかも固定的である場合が多いので、「自分の為したいことは何なのか?」という問い立てが根本的なレベルで抑制されていることがある(むしろ、それができる人の方が優れているという偏った美徳観すらある)。

しかしその状態では、「カスタマイズ」はうまくいかないし、結果的に「自分の道具」を手にすることもできない。なにせ「自分の為したいこと」がわからないどころか、そのヒントすら持っていないのだから仕方がない。

とは言え、「管理」という言葉は厄介なのである。なにか「管理的」な手法を採用していれば、あたかも「管理」が達成できるように感じてしまう。しかし、管理とは、求める状態に達するための手段なのである。だから、求めている状態が変われば、手段もまた変わってくる。タスク管理もそれは同様だ。

『アイデア大全』や『問題解決大全』では、たくさんの発想法や思考法が取り上げられている。それらうち一つを取り上げて、「これが(≒これだけが)問題解決法だ」と言ってしまうのはあまりに狭い土俵であろう。同じように、「タスク管理」は単一の技法だけを指すものでない。「タスク管理ができるようになる」という状態も、人によって千差万別である。だからこそ、人は「自分の道具」を「カスタマイズ」して作っていくしかない。

均一的な価値観から、多様性ある価値観へのシフトは、こういう側面からもエンハンスされて欲しいものである。

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