物書き生活と道具箱

セーレン法 ~一生を「薄め」たくない方に~

「一分」という言葉をきいてどのようなイメージが湧いてくるだろうか。もちろんそれは人それぞれなわけだが・・・。

THE21の2010年1月号に齋藤孝氏の「一分間決断術」という連載が始まっていた。
この中で、齋藤氏は一分という我々が感覚的に把握しやすい締め切りを作ることで切迫感を意図的に作ることでスピードアップだけではなく仕事の質も高めていけると提唱されている。

一分間仕事術について齋藤氏は二つのポイントを上げられている。
一つは「一分」の感覚に磨きをかけること。もう一つは「一分の密度をより濃くする方法」を身につけること

普通に生活していると「一分」という時間の長さはなんとなくわかっている気がする。しかし、目をつぶってストップウォッチで一分を自分の感覚だけで測ろうとすると案外正確には測れないものだ。これは慣れてくればある程度正確になってくる。
※ちなみに、脳には時間を受容する感覚器官は無い。我々は時間が「見えない」のだ。

もう一つは「一分の密度」だ。「あなたが一分だけで出来る作業は何ですか?」と質問されればどの程度答えがでてくるだろうか。細かい作業はいくらでもあるだろう。しかしまとまった作業となると・・・と考えられるかもしれない。

THE 21 (ざ・にじゅういち) 2009年 10月号 [雑誌]
THE 21 (ざ・にじゅういち) 2009年 10月号 [雑誌]
PHP研究所 2009-09-10
売り上げランキング :

おすすめ平均 star
starビジネスで活躍する方々の具体的な読書術を学ぶことができます

Amazonで詳しく見る by G-Tools

物理的な処理に関しては作業時間の圧縮にはやはり限界というものはある。しかし「思考を組み立てるプロセス」や「何かを決断するプロセス」といった脳の中で行えるプロセスは、かなり収縮性がある。

決断力を高める

自分の持ち物の中で、大切な物とそうでない物の選別が出来ずに家の中が物で溢れかえっている人は結構多い。しかしそういった人でも家が火事になれば、とりあえず何か持って(あるいは何も持たずに)すぐさま逃げ出すだろう。

火事の場合は、そのとき必要で、手に持てる大きさの物、といった条件がそこに加わることで決断が容易になるという面がある。
要するに短い時間で決断をするためには、その場面において重要な要素は何かを見つけることが必要になってくる、ということだ。

記事の中で齋藤氏は

 また、日々の仕事のなかで、こうした「一分決断」を繰り返していけば、「決定的な要素を瞬時に見抜く力」も高まっていく。

と述べられている。

これは「成果を出す人の実践時間活用術」というムックの中で紹介されていた星野リゾート社長の星野氏の発言ともリンクしてくる。

p37
 「『5分で』と言われた途端に、脳が働き始め、様々なアイデアが出てきた。ムダをそぎ落として、本質を浮かび上がらせる。その結果、最も印象的なプレゼンができた」

ある種の仕事の場合、時間をかけることがそのまま仕事の質を上げることに繋がるわけではない。むしろ締め切りがあることによって新しい発想がでてくることも珍しくない。

成果を出す人の実践時間活用術 (日経BPムック スキルアップシリーズ)
成果を出す人の実践時間活用術 (日経BPムック スキルアップシリーズ)
日経BP社 2009-11
売り上げランキング : 82770

Amazonで詳しく見る by G-Tools

これらは、時間を区切ったり、締め切りを作ったりすることで脳に「緊急状態」を作り出す、というハックになるわけだが、本稿の趣旨はそこではない。

持ち時間の把握

やや短めの一分に関してすら私たちははっきりと把握できているわけではないし、その時間を十全には使っていない。では、1時間という単位ならばどうだろうか?その時間がどのくらいで、その中でどの程度の作業ができるか把握できているだろうか。
では一日なら?一週間?一年・・・一生。

残念ながら、私たちは「一生」という時間のスパンは一度しか体験できない。だから一生の使い方に関してフィードバックを得ることはできない。出来るのは他の人の「一生」の中からそういったエッセンスを抽出することだけだ。

結局の所、我々が生きていくというのは未開の地に足を踏み入れるとのまったく同じ行為なのだ。その手にはコンパスらしき不安的に揺れる石があるだけだ。知識を仕入れている人は「地図」を持っているかも知れない。しかしながらそれは他人の人生の地図だ。
その地図は控えめに言っても、ほとんど何の役にも立たない。

一生という時間(そう、これは時間の長さなのだ)、がどのくらいで、その中でどのくらい作業ができるかは「死ぬまで」わからないのだ。

でも、そんな人生の中でもすこしでも時間の使い方に「緊急状態」を作りたいならば先ほど紹介したような、極端に短い時間で区切って瞬間瞬間を積み重ねていくことも一つの方法だろう。

それ以外に私が提案する方法を一つ紹介しておく。

セーレン法

・全てを記録する

今まで何をしてきたのか、どのぐらいのスパンでどの程度の事ができるのかを把握するために自分の行動記録をつける。

・レビューする

一日で何が出来るのか、一週間で何ができるのか、一ヶ月、一年と期間をおいて振り返ること。それぞれのスパンで自分が何を成せたのかをリスト化しておく。これをパフォーマンス・リストと呼んでおく。

・「やるべき事」を書き出す

紙でもエディターでもよいが、とりあえず「仕事」「家庭」「地域社会」など全ての自分の役割において「やらなければならないこと」を書き出してリストにしておく。たった今から今後の人生において思いつく限りのこと、全てだ。

・「やりたい事」も書き出す

先ほどのリストの続きでもよいし、新しくリストを作っても良い。自分がやりたいと思っていること全てを書き出す。実現可能な小さいことから夢に至る大きなものまで、全て。

・比較する

ある程度「記録」を続けていけば、自分の行動パフォーマンスが理解できるようになる。そのときの自分が納得しようがしまいが、平均的にこなせる作業の絶対量というのはある。
とある一日に気合いを入れて一時的に作業量を上げたとしても、平均してみればまったく影響はない。
※24時間という時間は本当に短い時間だし、人間の能力はどうみてもかなり限られている。

さて、パフォーマンス・リストを片手に「やるべき事」「やりたい事」リストを見つめてみる。リスト全てにチェックマークを入れられる可能性はどれくらいあるだろうか。
あまりの差大きさに絶望的な感覚を覚えるかも知れない。
しかし、そもそも人生というのはそういうものなのだ。

パフォーマンス・リストを作った上でリストを見直せば、「やるべき事」「やりたい事」リストから削りたくなってくるものがでてくるだろう。もちろんそれを削っても、削らなくてもどちらでもかまわない。ある程度シェイプ・アップしても、そのリストが達成できない事実には変わりがないのだから。

セーレン法

「一生という時間は我々がやりたいと思っていることの量に比べてあまりにも短すぎる」という言葉にしてしまえば至極簡単なことだ。しかし、私たちには「時間」が見えない。あるいは、無茶苦茶ガンバレばなんとかなる、という楽観的な考えを持っていがちだ。
そして、一年、一ヶ月、一週間、一日、それぞれの時間が「薄まって」しまう。

この方法を実行していけば、時間の薄まり方が少しはマシになると思う。

加えて、「行動パフォーマンス」をあげるために効率化をはかるかもしれない。重要度の低い「やりたい事」が「やりたかった事」に変わるかも知れない。

だが、どうあがいてもこの「やるべき事」「やりたいこと」リストを全てチェックすることはできない。「やるべき事」「やりたいこと」は時間が経てば増えていくオープン・リストなのだ。しかし、それでよいのだと思う。「やるべき事」「やりたいこと」と実際に出来ることの差を知っておくことが、自分の一生の密度を上げる唯一の方法ではないだろうか。

一生という時間の先を見通すことは出来ないし、それを完璧に計画することもできない。しかしながら、私たちは過去の上に現在を生きているし、また現在を土台にして未来を生きていく。

人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない

とは哲学者セーレン・キルケゴールの言葉だが、この言葉を「前向き」に受け取ってこの一連の方法を「セーレン法」と名付けることにしておく。

編集後記:
昔、図書館で圧倒的な絶望感に襲われたことがある。こんなにも面白そうな本があるのに、私がこれから24時間睡眠時間を全て削って残りの人生を読書に充てたとしてもこれらの本を読み切ることはできない。そんな感覚はいかにも一人の人間のちっぽけさを痛感させられたし、本という文化が築き上げてきた物の大きさにも圧倒させられた。

それ以来、私の読書のスピードはあがり、大抵の本は目次ではじかれ、買った本でも面白くないと思った瞬間に読むのを止める習慣が付いた。もちろん、それでも本棚に未読の本が絶えることがないのは、言うまでも無い。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です