1-情報ツール考察

階層の深さ、文章の長さ

まずは、以下の画面を見ていただきたい。

何の変哲もないWorkFlowyのiOSアプリの画面である。

注目したいのは、「若者向け書籍に良く出てくる」という最下位の項目だ。一行あたりが3文字で、非常に手狭な感じになっている。今は兄弟項目が一つもないので、まだマシだが、似たような項目が複数並んでいると、なんともいえない気持ちになってくる。簡単にいえば非常にみづらい。

物理世界では、概念が上位のものほどサイズも大きい。そして、下に下がってくるほど、サイズも小さくなる。地球と原始。しかし、情報世界はそうはいかない。書籍はタイトルが一行だが、本文は広大である。それを3文字の幅に格納されちゃった日にはスマホを投げ捨てるくらいのイライラがやってくるだろう。

いや、そういうときこそズームでしょ、とあなたはいうだろう。たしかにZoom inすれば、その階層がどこに位置しているのかは関係なく、フルのwidthで表示させられる。言い換えれば、zoom in しない限り、私たちは快適な閲覧が望めない。それは、ある種の俯瞰性を投げ捨てることに等しい。

私はここで、アウトライナーに反旗を翻しているのではない。疑いの眼差しを向けているのはスマートフォンである。もっといえば、スマートフォンのみで行われる知的生産である。はたしてそれはどれだけ広大で、雄大なのであろうか。

もちろん、スマートフォンだけで文章を書き上げることは可能だ。小説だって、エッセイって、論説文だって可能だろう。しかし、文章を書き上げることだけが知的生産ではない。その他の広大な領域や、高低差のあるビューを、どれだけスマートフォンは受け入れてくれるだろうか。

アウトライナーの深い階層の扱いから考えると、スマートフォンオンリーで知的生産を行うことには、どうにも足りないものがあるように感じられる。ときにタブレットを使い、ときにパソコンをつかい、ときに紙を使うことで、得られるビューがあるのではないか。そのビューによってもたらされる知的作用があるのではないか。そんな風に感じる。

もう一度言うが、文章を書き上げることだけならばスマートフォンオンリーでも可能だ。でも、そこばかりに注目するのはzoom in しすぎかもしれない。

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