6-エッセイ

いつのまにか重くなるカバン

新しいカバンを買うと、いつも「今回は最低限のものだけ入れよう」と決意を新たにする。前のカバンはすごく重くなっていたからだ。

だから、ギリギリ最低限のものだけをカバンに入れる。よくよく考えれば、ほとんどのものはいつも必要というわけではない。何ヶ月に一度か利用すれば役目をまっとうするものもあるし、なんなら「あったら便利」くらいの気持ちで十分なものもある。

そういうものをすっきりカバンの外に追いやって、すっきりした気持ちで出かける。足取りも軽い。

でもやっぱり、時間が経つとカバンは重くなってくる。時間が経てば経つほど、「何ヶ月かに一度」かの出来事を潜り抜けるからだ。そのたびに、僕のカバンは重くなっていく。そうとは知らずに、すべての出来事に備えようとしてしまう。そのことに気がつかない。僕は、僕が背負っているものの重さを知らずに、カバンに次々にものを突っ込んでいく。それは悲劇だろうか。いや、人生なのだろう。

そういう性質が変えがたいものだとしても、僕はカバンを変えることはできる。そのたびに、カバンの中身を点検して、「ん? これは別にいらないな。また必要なときに入れればいい」と整理することができる。

それは極めて不毛な繰り返しなのかもしれない。はなから、そんなやっかいごとは引き受けずに、境地にたどり着いたミニマリストのように、毅然と生きていけばいいのかもしれない。でも、それはいうほど簡単なことでもないし、もしかしたら立派なことですらないのかもしれない。

だから今日も僕はそれなりに重くなったカバンを背負う。ほとんど自分の一部のようなものとして。ときに下ろし、買い換えることができる自分の一部として。

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