「タスク」の研究

頭の中のささやかな混乱

以下の記事を書きました。

第十一回:Open your mind, close your list. その2|倉下忠憲|note

この記事に二つのアウトライナーの状態が出てきます。デイリータスクリストがへこんでいる状態とへこんでいない状態です。

この「へこんでいる状態」を作るためにデイリータスクリストを用いるわけですが、逆に言えば、そうしなければ私たちはへこんでいない状態で日常を過ごしている、ということになります。これは結構たいへんです。


こうしてリストになっているのならばまだましな方で、実際は後ろの方はおぼろげに消えていたり、新しく入ってきた項目がネオン色に光っていたりするわけです。その中で決定を下さなければいけないのは、つらいものがあります。たとえささやかであっても、そこにはたしかな混乱があるのです。

さらに、人間の短期記憶を考えると、こうしたリストのごく一部だけにスポットライトが当たっており、それ以外は闇という感じかもしれません。で、スポットライトを別の場所に動かせば、もともと光があたっていた場所が暗闇に消えるのです。

そういう状況で、「さあ、どれ!」と言われてもあたふたしてしまうでしょう。リストを使わないとあたふたしてしまうのは、ごく自然なことです。

(一階層だけの)箇条書きリストというのは、一番シンプルな組織化の手法です。あるカオスを、ある秩序のもとに配置するための手法です。しかし、その秩序が、人間の脳に扱いきれないならばあまり意味はありません。人間が扱えるだけの有限に落とし込む必要があるのです。

情報は多ければ多いほど良い、というのはあるレイヤーにおいてだけ言えることで、判断や決断を下すときには多すぎる情報は混乱を呼んでしまいます。組み合わせ数が爆発し、タスクからタスクが生まれるなんて状況は、タスクを倒してレベルアップしたい場合を除いては避けたいところです。

逆に頭が良いと言われている人は、こういうリスト的配置が脳内でシュッとできる人なのでしょう。そういう人はリスター(リストを使う人)を馬鹿にするかもしれませんが、馬鹿にされたとしても、自分にできることをできる方が好ましいと、私は感じます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です