0-知的生産の技術

情報摂取と自軸を作る読書術

2013年に出版した『ハイブリッド読書術』をたまたま再読していたら、今でもフツーに面白い内容でした(自画自賛)。


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本書の起点は、まず「情報摂取」という概念です。

 思考には情報が必要です。栄養と同じように、日々、情報を取り込み、理解し、要らないものは捨てて、また新しい情報を取り込む。栄養摂取ならぬ情報摂取のサイクルが毎日のように回っています。
 極端な言い方をすれば、摂取する情報も「私」を構成する素材なのです。
 私たちが食事に気を遣うのならば、情報についても同様の注意が必要でしょう。

たとえば、世界がどのような存在なのかという世界観、あるいは世界がどうあるべきなのかという価値観は、情報によって構成されます。もちろん、私に入ってきた情報によってです。

さらに、私とは何か、私とはどうあるべきかという思考もまた、情報によって生成されます。つまり、きわめて広い意味において「私」は情報によって生成されるのです。

どう考えても、これは重要な要素です。少なくとも、軽んじるのは論外でしょう。

で、この問題意識は、フェイクニュース、雑多で大量な情報、フィルターバブル、殺伐としたライムラインといった具合に、現代でよりいっそう重要になっています。

厄介なのは、その情報が「私」を形成するという点で、たとえばタイムラインによってイライラを感じていたとしても、それが常態化してしまえば、それが「当たり前」になってしまう(→「私」を形成してしまう)ので、問題の発生源がどこなのかを考えられなくなってしまう点です。

よってこの問題は、意識的に注意を向けなければなりません。すぐそれとわかる問題ではないのです。

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それと関係するのが「自軸」という概念です。本書では「I」型の線でそれを説明しました。

まず「T型」の知識スタイルがあり、それは「深い専門性」(縦棒)と「それ以外の分野の知識」(横棒)で形成されています。

一方で「逆T型」の知識スタイルは、同様に「深い専門性」(縦棒)に加えて「マネジメント能力/ジェネラリスト」(横棒)で形成されます。

私はこの知識スタイルに意義を唱えました。あるいはバージョンアップを迫りました。それが、「I型」です。

と、こうしてタイプすると、縦棒一つに見えますが、アルファベットのIは、上下に横棒がくっついていますね。つまり、深い専門性に、二本の横棒を加えるのが「I型」の知識スタイルです。

上の横棒は、広い分野の知識であり、下の横棒はリベラルアーツ(いわゆる教養)です。この三本の線で構成されている知の在り方が、一番バランスが良いのではないかと提案したわけです。なんといってもT型はすぐにこけそうですし、実際ばりばり仕事ができて、多様な知識を持っていても、基本的な部分で倫理観がすっぽり抜け落ちているような人がいますからね。それは(極論すれば)知識がほとんどない状態よりも危ういものです。

だからこそ、三本の知で「自分」というものを支えていく。言い換えれば、そのような情報で「私」を形成していく、というのがハイブリッド読書術の目指すところです。

で、それを支えるために、ネットとリアルの書店を両方使い、また速読と熟読の両方を活かし、デジタルとアナログの両方のツールで読書を進めていく、というのが具体的なノウハウ部分の話なのですが、さすがに7年前の話なので、この辺はもはや物珍しさはないかもしれません。それでも、読み手は書き手でもあるという視野は今でも非常に重要です。

ともかく、「私」というものが普段接している情報によって形成される、だから(食べ物をバランスよく食べるように)情報もバランスよく摂取した方がいいですよ、と考えてみればごく当たり前のことを述べているのが『ハイブリッド読書術』であり、2020年の私も同じことを考えています。

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知的に高くあろうとか、教養をいっぱい蓄えようとか、そういうことを考える必要はありません。そんなことを考えて読書がつまらなくなるならもったいないことこの上ありません。読書とは基本的に楽しいものであり、開かれたすべての学問は同様であるべきでしょう。

しかし、情報が自分を形成しているということだけは、ゆめゆめ忘れない方がよいでしょう。

ほら、今この文章が「あなた」に組み込まれました。

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