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もし権力というものに、存在する価値があるとすれば

もし権力というものに、存在する価値があるとすれば、
もし宗教というものに、存在する価値があるとすれば
もし地位というものに、存在する価値があるとすれば

それは、言葉に「力」を付与させることができるということだ。

言葉そのものに絶対的な力はない。
ただ、上に上げたようなものをバックボーンとして、その言葉に力をもたらすことができる。

力を持った言葉ということは、人を動かすことができる。
人を動かすということは、ただ命令して仕事をさせるということだけではない。
悩みの井戸のどん底に落ち込んで、希望の光を一筋も探し出せない人に、顔を上げて、空を見上げる行動をとらせることもできる。
もちろん、自分でやりたくないような(たとえば法に触れるような事)を他人にさせることもできる。

同じ言葉を発しても、それが力を持つときと、持たないときがある。その言葉を発した人間がそれぞれ違うバックボーンを抱え込んでいれば当然である。

が、同じ人間が同じ言葉を発しても、力を持つときと持たないときがある。言葉というのは、それを受け取る人間が必ずいる。

言葉を発した人間と、それを受け取る人間との関係でその言葉の「力」というのは変わってくる。

もし権力というものに、存在する価値があるとすれば、
もし宗教というものに、存在する価値があるとすれば
もし地位というものに、存在する価値があるとすれば

それは、言葉に「力」を付与することができるということだ。

力を持った言葉をどのように使うか、それはその人間しだいである、ということだ。

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