2-社会情報論

鹿威しとエッシャーの情報回路

梅棹忠夫の『知的生産の技術』を読み直すたびに気になっている箇所がある。

友人たちのあいだに、べつに組織だった情報交換網があるわけであないが、ひとりが、なにかあたらしい技術を案出すると、それがほかの仲間にもすぐつたわるようなしくみが、いつのまにかできあがって、いまにつづいている。だんだんとあたらしい技法も開発されて、つけくわわり、また、ふるい技術は経験によって改良をうける。いまでは、これらの友人のあいだでの共有財産は、質的にも量的にも、かなりのものになっている。

これは冒頭の「まえがき」に置かれた文章で、頭から読み返すと必ず目に入る。そしてそのたびごとに、こんなものがあったらいいな、と自分も欲しくなる。

技術が開発され、共有され、改良され、それがまた共有される。そんな仕組み。

そんな仕組みがあったのなら、僕らの知的生産にどんな変化が生まれるだろうか。

より効率的に、より分散的に、より発展的に。そんな風に変わっていくのかもしれない。あるいは、ぜんぜん想像もしない変化が生まれるのかもしれない。

どちらにせよ、一つ言えることがある。間違いなくそれは楽しいだろう、ということだ。

そう、技術を開発し、共有し、開発し、それをまた共有すること。その繰り返しによって形成される場は、間違いなく楽しいのである。そこには、ワクワクするような何かが含まれている。その何かは、人を脈動させ、駆動させ、起動させる力を持つ。

そのようにして立ち上がったエネルギーは、楽しいであると共に、楽しい以上の出来事をもたらしてくれる。まるで僕たちが何かを知的生産するときのように。

■ ■ ■

目指すべき場所はそれとなく見えているのだ。鹿威しとエッシャーの水路が交じり合ったような情報回路。そんなイメージだ。

最初、つつーっと竹に水が注がれるように「わたし」の中に情報が蓄積していく。それはゆっくりと染み渡っていき、さまざまな知見と体験を呼び起こす。その蓄積がある閾値を超えると、ととーんと外に飛び出していく。ココーンと透き通る高い音を立てながら、溜まりに溜まったエネルギー=情報が、行き場を求めて別の回路へと接続する。飛躍(ジャンプ)の瞬間。

新しい回路に着地したエネルギー=情報は、流れてさまざまな場所を巡っていく。あっちにいっては、こっちにいって、またあっちにいく。そんな流浪を繰り返していくと、なぜかそれが再び「わたし」のもとにつつーっと戻ってくる。そして、それが繰り返される……。

そんな構図である。

単に、自分の中に情報が溜まっていくだけでなく、単に情報が一巡するだけでもない。その二つが組み合わさり、さまざまなメロディーを奏でる装置。それが目指したい場所である。

■ ■ ■

現代は、情報が慌ただしく流れていく時代である。『積読こそが完全な読書術である』で、著者の永田希はこの状況を「情報の濁流」と言い表した。言い得て妙だ。インフォメーションの濁った流れ。さまざまな主張と意見と広告が飛び交うタイムラインがすぐに思い浮かぶ。

そこには静謐さに響く澄んだ竹の音もなければ、自分が放流した情報が思いもよらない形で帰ってくる事態もない。そこにあるのは、決して溜まることのない、ただ流れ続けていくだけの絶え間ないフローである。あるいは、ひたすら溜まり続けていくだけのストックである。あるいは、その二つには違いなんてないのかもしれない。

はたしてこれは楽しいのだろうか。梅棹が持っていた情報交流のネットワークと同質の楽しさがそこにはあるのだろうか。

否。

そんなわけがない。

心の奥から、はっきりとした拒絶の声が聞こえてくる。二つのものは似て非なるものだ。どちらも、個人が情報ネットワークのノードになるという点では共通しているが、その働きが異なっている。片方は、情報を右から左に流すだけであり(A→A)、もう片方は、情報に作用を与えて流している(A→A’)。これだけ見れば、その差異は極めて小さい。ほとんど無視できる、デルタの差異でしかない。しかし、それが長い放浪の旅を経るならば?

そこには決して無視できない差異が生じることになる。積み上げられたデルタの差異は、すでにデルタの姿をしていない。それは、差し戻された情報ではない。返却されたレンタルコミックでもない。新しい情報なのである。

僕たちは、そうして産み落とされた新しい情報によって、新しい個を認識する。個があり、それが新しい情報を生み出すのではない。生み出された新しい情報から、個が認識されるのである。だからこそ、A→Aで満ちた世界はいつでものっぺらぼうなのだ。

だからこそ、僕たちには新しい情報回路が必要だ。それは、楽しさのために。そして、個の確立のために。どちらも決して切り離せないくらいに重要なことである。

その重要さの片鱗は、少しだけ時計の針を戻して、活発だったブログ時代を思い返してみればわかるだろう。

(つづく)

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