3-叛逆の仕事術

計画という微分、記録という積分

チリを積もらせ山にする→人生航海日誌(ログ)と動機付けの技術 読書猿Classic: between / beyond readers

 人間は、目の前にあるもの・ことを、遠く離れてあるもの・ことよりも、ずっと重大なものとして評価する。
 かくして忍耐よりも放縦が、計画よりも気まぐれが、多くの場合勝利する。
 
 さて、大きな野望を実現したいとして、それがすごぶる大きなものであっても、1日は変わらず24時間しかないし、いろんな必要時間を差し引くと自由裁量できる時間は毎日ほんのわずかである。
 
 したがって、千里の道も一歩から、山のごとき野望もチリのごとき小さな企てに細分化(ブレイクダウン)していかないと、取り掛かることすらできない。
 小さくとも毎日の繰り返しが100日なら100日分、1000日なら1000日分の積み重ねとなり、それは決して小さくない成果をもたらすことは、物心ついた後の人なら誰でも理解する。
 理解はするが、チリのごとき小さな一片は、眼の前のこと=日々の慰安や状況の浮沈、風の吹き具合に翻弄されて、さながら大海を渡る小さな葉のようである。

大きな野望は、その定義から言ってサイズが大きい。一足飛びには達成できないし、「野望」というからには、当たり前にできることをやろうとしているわけでもない。困難が伴う。

そのような大それたものは、「大それている」というだけで、人間の脳は「こいつはたくさんのエネルギーが必要だぞ」と計算する。そうなれば、行動決定の天秤において、その行動は極めて不利な状況に置かれる。「大それていない」別の小さな行動が選択されてしまう。かくして、大きな野望はいつまでたっても達成できない。

「困難は分割せよ」とデカルトは言った。私たちもそれにならって、「大それたこと」を分割していく。達人のみじん切りのように行動を細かく分解していく。そうすれば「大それた」感は消失し、サイズ的には取り掛かりやすくなる。

以上のような作業は、実際の作業に取り掛かる前に行うことなので、広く「計画」に属することだと言えるだろう。

計画では、微分せよ。

一方で、「大それたこと」感がなくなると問題も生じる。細切れにした活動に意義を見出せなくなるのだ。10万字の原稿を書かなきゃいけないのに、今日は500字しか書けていない。昨日なんて、資料を5ページ読んだだけだ。こんなことでは、いつまでたっても完成しない。オーマイゴッ。

ここでのポイントは、「大きな野望を実現したい」からスタートしている点だ。よって「大きな野望など持たないでおきましょう」というアドバイスは何の役にも立たない。で、「大きな野望を実現したい」のに、小さなことしかできていないから、不満や焦りが生じて、行動が継続できなくなる。

だからこそ、記録するのだ。

「小さなことしかできていない」のは、あなたの感覚でしかない。たとえば、あなたは今まで食べた食パンの枚数は覚えていないだろう。食パンでなくてもいい。トータルの睡眠時間とか歩数とか洗った皿の枚数とか更新したブログ記事とか、そういう「小さな」活動の総合的な大きさは把握していない。「やった」ということはわかっていても、そのサイズは極めて不明瞭である。なぜなら、小さく繰り返される行動は差異が小さく、差異が小さい情報は圧縮されてしまうからだ。

記録は、その圧縮された情報を解凍してくれる。自分が歩いてきた一歩一歩の道のりを、まざまざと見せつけてくれる。あなたの意識を、「大きな野望」に近づいているという感覚に上書きしてくれる。それが、さらなる継続を後押しする。

記録によって、積分せよ。

この二つの武器を持って、私たちは大きな野望に向かって進んでいくのである。

以上の話は、近代的な枠組みである。現代では、計画と記録だけでは立ち行かない状況がある。いや、それは正確ではないだろう。むしろ、計画と記録が私たちの「大きな野望」を邪魔してくる。どういうことだろうか。

微分と積分によって、人の行動を方向づけることは、実はゲーム、特にスマートフォンのソーシャルゲームが大得意としている技法である。しかるべき作業は、細かく分類され、次にやることはしっかりと明示されている。細かいレベルで「ご褒美」が提示され、そして、自分の行動の結果がすべて一覧できるようになっている。たまにパズドラのモンスターボックスを開くと、「よくまあ、こんなに集めたな」とびっくりすることがあるが、日々の記録を積み重ねてきた人も、きっと似たようなことを感じているだろう。そしてもちろん、ソーシャルゲームには、ガチャというランダム強化をもたらす要素までついてくる。完璧だ。

つまり、単純に作業を細かく分解しただけだと、ようやくそれでソーシャルゲームと同じ土俵に立てるだけで、実は有利な状況にはなっていないのだ。仮に小ささが同じレベルなら、むしろその他の効用感を与えてくれるソーシャルゲームの方が行動誘因力は高いかもしれない。

もちろん、これはソーシャルゲームなど何の興味もありません、という人にとっては無縁だろうし、想像すらつかない状況だろうが、実際によくある話なのである。小さい行動 VS 小さい行動、という激しいバトルが行われているのが現代という状況なのだ。

私たちがこの状況に立ち向かうためには、同じソーシャルの要素を加えて、たとえばTwitterでこれからやることを宣言するなどの工夫を加えていかねばならないだろう。もちろん「煩悩」を消し去る、という方法もないではないが、あまりおすすめはしない。それよりも、もっと小さく手堅い工夫で乗り切っていきたいものである。

ともあれ、基本は計画で微分、記録で積分である。この二つによって、あなたの人生はその進め方を変えていくだろう。でもって、この考え方はさまざまなノウハウ・仕事術に顔を出す、ごくごく基本的な要素だとも言えるだろう。

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