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11月といえば自分の好きなブログを告白する月なのです 2020

23-seconds blog: 11月といえば自分の好きなブログを告白する月…ということです2020

毎年のようにこの企画の存在を忘れ、毎年のようにこのブログの記事で思い出します。

覚えておこうと思っているのですが、Googleカレンダーに登録していないことをみると、ちょっと忘れておこうと思っているのかもしれません。毎年毎年「そういえば、忘れていたよ」とこのブログの記事を読みながら思い出すことを、情緒の一部に捉えているのかもしれません。

それはともかく、11月です。好きなブログを告白する月です。

好きなブログとは?

昨今、難しい問題になってきました。それは、面白いブログが年々更新を途絶えさせているからではなく、むしろブログ以外のさまざまなプラットフォームに好きなメディアが増えてきているからです。

それらはメディアの形式としてはブログではないのかもしれませんが、しかし、ある一点においてはブログと通底するものがあります。個人が、個人の動機で書く。誰かに読まれることを願って、誰かに届けば幸運だと思って紡がれる言葉たち。そういう在り方をしている点では同じなのです。

すなわち、ブログであり、noteであり、ポッドキャストであり、Scrapboxであり、substackです。他にも私が挙げ忘れているものがあるかもしれません。

そうしたものは、他でもない情報を連れてきてくれます。別の場所では入手できない感覚を運んできてくれます。テレビを見ているだけでは絶対に得られない、新聞を覗いているだけでは決して触れられない、個々人の生活と思いを私のドアの内側へと運び込んでくれます。

とても素敵なことです。

私たちは大衆を構成する一部であり、統計を形作る一つの数字であり、ネットワークを形成するノードの一つであると共に、個々人として生活しています。

ときおり、待ちゆく人々を眺めて、これら一人ひとりの中に、私と同じ内的世界があるのだということに驚かされます。もし、この世界がコンピュータで構築されているならば、消費されるCPUとメモリの量は半端ではないでしょう。それ自体が、一種の奇跡のようにも思えます。

そうしたことを、個々人の(広義の)ブログを読んでいて感じるのです。

私が(あるいはあなたが)この世界に存在しているという奇跡。そのことを想像し、感覚できる不思議。

私はもう、昔のようにこのブログを毎日更新するのは止めてしまいました。予想通り、毎日更新を止めたら、更新頻度はぐっと下がります。何か特別な理由がないと書かないのです。そして、何か特別な理由など(その定義から言って)ほとんど起こりません。こうして、ブログは更新されなくなっていきます。

一方で、今こうして私はこの記事を書いています。飛びに飛んでいても、更新は続いています。実に不思議なことです。私の心の奥底には、まだ火のついている燃料があるのかもしれません。その火は、すでに燻りつつあるものの、たしかに熱を持っています。

普通の人がブログを更新し続けるのも難しいでしょうが、文章を売って生計を立てる物書きがブログを更新し続けるのはそれとはまた違った難しさ(と簡単さ)があります。いや、簡単さがあるからこそ、難しいのです。

新刊の漫画を販売している店舗内でレンタルコミックを展開しているような難しさです。伝わるでしょうか。

話が逸脱しすぎたので、そろそろ本線(と呼ぶべきもの)に戻りましょう。

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なんとなく一日が楽しくなるメディアたちです。それはつまり、人生が楽しくなるメディアということです。素敵なことです。

特別な情報なんて必要ありません。Find the lightに触れられれば、それだけで人は結構楽しくなれます。少なくとも、私はそうです。

それにしても、この情報社会の中で価値ある情報とは何でしょうか。おそらく、その問いの立てかた自体が、資本主義のトリックにとらわれているのでしょう。

どんな更新だって構わないのです。その後ろで人が生きているならば。

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