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仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね? とマックス老人は尋ねた。僕は一瞬ドキッとした。そんなことがありうるのだろうか。仕事が楽しいだなんて。だって、それは苦役であり、生活の糧を得るために仕方なく支払うトレードオフなのではないか。

結局マックスは、最後の一ページまで「仕事を楽しくする方法」は教えてはくれなかった。そのかわりいくつかの、そして末長く心に刻まれる言葉を残してくれた。

たとえば以下の二つは20代の序盤に私が書き抜いたものだ。

“適切な時”とか”完璧な機会”なんてものはないということ。

一か八かの賭けをしないなら、チャンスなど一つもない。

こうした考え方は私の心身に染み込んでおり、あらゆる物の見方に反映されている。

私が「計画」というとき、それは静的なものでも、完璧なものでもない。それは一種の賭けを意味する。私が「アイデア」というとき、それは常に叩き台であり、改良されることが求められる磨かれていない原石を意味する。

すべての行為が、この価値観の元に再編されるとき、あらゆる言葉の意味が変質していく。不確定、不完全な中で、「それでも」と行われる賭けに準じることになる。

一方で、今の私が拾い上げるのは、以下のような言葉だ。

あの実験で学ぶべきことはね、「あらゆるものを変えて、さらにもう一度変えること」なんだ。

それはね、「あるべき状態より、良くあることなんだ」。

世の中に「楽しい仕事」があるわけではなく、仕事と楽しい関係を築けているかどうかの違いがある。そして、その関係を築くために必要なことが、「あるべき状態より、良くあること」なのだ。

「楽しさ」が向こうの方からやってこないかと待ち望んでいるとき──その願いがかなうかどうかは別にして──それは「楽しむ」姿勢とは言えない。

楽しむとは、コミットメントであり、おそらくその量によってフィードバックが変わってくるものである。だから、全身全霊で取り組むことが、楽しさをもたらすトリガーになる。「あるべき状態より、良くあることなんだ」

『7つの習慣』は、否定しようもなく立派な人間を目指す道を示すが、その道のりが楽しいのかどうかはわからない。楽しさを否定してはいないが、それを促す要素があるのかは若干心もとない。

一方で、「あるべき状態より、良くあること」にはいくつもの楽しさがある。

  • 右にならえをしないこと
  • 目指すべき状態を自分で決められること
  • 変化し続けられること

目指すべきは「あるべき状態より、良くあること」であって、周りの人間の行為が目標になることはない。また、その地点は定義されないので、「そこに向かって一直線」のようなものではなく、探索して自分で目標地点を見つけるような道行きとなる。そして、あるべき状態よりも良くあれたとしたら、それがまた新たなる「あるべき状態」になるので、歩みが止まることはない。

このような状態であるとき、私はその対象を楽しむことができるように思う。もっと言えば、それが人生を生きることを楽しむことにつながっていると感じる。

私の仕事術・自己啓発・ライフハックは、間違いなく『仕事は楽しいかね?』で始まっている。そして、ようやく一周回ってこの地点に帰ってきた。 

楽しさを人生にもたらすこと。人生を楽しんでいくこと。

そのために、さまざまなノウハウや知見や工夫を総動員すること。それが、私なりの新しいライフハックである。それはもはやライフハックではないのかもしれないが、もし人生が前提としてつまらないものであるならば、それこそが真なるライフハックではないのかとすら、今は考えている。

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