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その場所ちょっとどいてください

「自分の方法」で良い、を肯定するのはいかにも簡単そうに思える。なにせそこにある方法を肯定すればいいのだ。しかし、そう簡単にはいかない。

世の中には、たくさんのキラキラする「他人の方法」がある。他人の芝生は青い。SNSが活発な時代では、その傾向はより強まる。他人の方法が目に入り、しかもその方法はキラキラ方向にメイクアップされている。「自分の方法」の相対的なみすぼらしさが高まる。

それに加えて、ノウハウビジネスだ。

さまざまなノウハウ書・ビジネス書をお読みになったことがあるだろうか。そうしたものの多くには、論運びの共通点が見受けられる。チェーンのハンバーガーが共通の手順で作られるのと同じだ。つまり、こうだ。

「あなたはうまくいっていませんよね。それは方法が悪いんですよ。でも大丈夫です。この方法を実践すれば解決します。なぜならこういう理論があるからです」

その理論が正しいかどうかはさておき、その論調に乗る限り、「自分の方法」は常に否定されてしまう。なぜなら、この論調はあらかじめ結論が決まっているので(「この方法をやりましょう」)、提供されるノウハウ以外はすべて却下されなければいけないのだ。

「椅子に座る人は決まっています。だから、その場所ちょっとどいてください」

どれだけ「論理的」にその話が語られようとも、そのストーリーは変わらない。というよりも、ロジックとはそもそもがドグマティックに持ち出されるものなのである。

「論理的」のドグマ性 – 倉下忠憲の発想工房

よって、ロジックによって他者を説得しようとする限り、「自分の方法」は否定されることになる。それが劇的に、効果的に語られれば語られるほど、それに反比例して「自分の方法」への否定性は強まる。そして、その暴力性が意識されることはない。売上げの前では些細な話なのだろう。書籍にはプロダクト性があるのだから仕方がない面はある。

なんにせよ、私たちは取り囲まれる環境の影響を受けて、自身の価値観・評価軸を構築していく。ゼロから何かを作り出す人などいない。自分とは自分以外から形成されるある種の総体なのである。だから、「自分の方法」がことごとく否定されるなら、その人は自身の方法を言祝ぐことができなくなるだろう。あるいは、極めて難しくなるだろう。

それを変えるべきときがやってきたのだ。

ノウハウを売りつけるために、その人がすでに持っている方法を棄てさせるのではなく、その人が自分の方法について考え、それを変えていけるように情報を提供すること。

パンチが弱い?

パンチが弱くて何が悪い。

効率的ではない?

効率性向上のトレードオフとして、自分の方法を言祝げなくなるのはおそらく最悪の結果だろう。

言うまでもないが、今現在その人がやっている方法を全肯定せよ、と主張したいわけではない。その方法では何かしら解決できない問題があるからこそ、その人は新しいノウハウを求めているわけで、ということは変化は必要だ。ただ、その変化を「自分の方法」を棄てることで実現することは、まっとうなやり方とは言えない。出家しなければ救済が訪れないと説く宗教のような強迫性がある。

そうではなく、「今の」自分の方法ではだめなので、「自分の方法」を何かしら変えていけばいい、という話に持っていければいいのだ。大丈夫。読み手は愚かではない。しかるべき情報を示したら、適切に「自分の方法」を組み立てていける。私はそのように信じている。

だから私は、「自分の方法」をどかそうとする論運びに、その場所をどいてもらいたいと考えている。

これは矛盾なのだろうか。そうなのかもしれない。

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