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DoMA式アウトライニング 「まず概要から書く」という一手間をかけること

知的生産の技術

「ちょっと余裕出てきたんで、中期的に考えたいことを整理しておくか」

と考えたとする。

私は、WorkFlowyにコミットしているプロジェクトのリストを持っているから、おおむねそこにその「中長期的に考えたいこと」を載せる形になるだろう、という予想はつく。というか、もうその考えに飛びついている自分がいることに気がつく。

ようは、この大項目──という呼び方は混乱しやすいので第一項目(first items)と呼ぼう──に、「中長期的に考えたいこと」を入れ込んでやろうと欲しているわけだ。

上記のようなアウトラインを「直接」作ろうとしている。そんな風にも言えるだろう。

もちろん、その操作自体は間違いではない。目標としている完成図もおおむね適切なものだろう。しかし、ここでは直接ではなく、間接で当たりたいと思う。つまり、「まず概要から書く」のだ。

ワンクッション置くこと

「まず概要から書く」とはどういうことか。

ここで、最初の思いつきに時計の針を戻そう。

「ちょっと余裕出てきたんで、中期的に考えたいことを整理しておくか」

これは何か。簡単に言えば「その日の思いつき」だ。よって、「その日の思いつき」を書き留める場所に書き留めることができる。私の場合は、「Daily Binder」がその場所にあたる。

もう一度言うが、私は第一項目においてこれらの対象を管理したいと欲望している。そして、アウトライナーはそれが簡単にできるツールである。

で、あるのにも関わらず、それを直接行うことはせず、一旦「それについて考えていること」を簡単に書き出してみることから着手する。欲望を直接満たそうとするのではなく、一手間かけて自分の考えの「概要」を書き出してみる。そういうところから始めているわけだ。

回りくどい。

だが、それがいい。

書いてから、考える

以上のように「概要」を書き出してみると、見えてくることがいくつもある。

たとえば、R-styleは私の「日常」に溶け込んでいるものなので、わざわざ特別な項目は立てなくてもいいかな、という気になる。どこに保存すべきなのか(あるいはそもそも保存する必要があるのか)はわからないが、現状為そうとしている操作とは関係がなさそうだと判断がつく。

あるいは、「ノートに関するエッセイ」は、書き出した後に気がついたが、すでに別の場所に項目が存在している。しかも第一項目にある。だからこれはcomplete扱いにしていいだろう。

でもって、「おーぷん・かーそる「タスク管理」号」と「かーそる第五号」は、この概要を書いている段階からして、もうメモが活き活きとドライブしている。途中で意図的に止めなければいけないくらいだった。ブレーキを緩めれば、もっと項目は出てくるだろう。そういうものこそ、第一項目に置いておきたい。

最後の「自己啓発の黄昏について 個人・自由・連帯」については、重要だと思いながらも、まだ十分に筆は進んでいかない。これは待機扱いとして大丈夫だろう。

というところまで「考え」たら、項目の処理方法が見えてくる。まず、二つの項目を大項目に移動させ、一つは待機ゾーンに、もう一つは普段使うネタ帳に移動させればいい。最後の一つはもう項目があるのだから、操作は不要である。

自分の注意に注意を向ける

どこにどんな項目を設置するのかは、ここでは重要ではない。

むろん、それぞれの項目配置は「今の私」とっては重要だが、これを読んでいる人には重要ではないし、一年後の自分にとっても重要ではないかもしれない。「今の私」が、そう置くのが適切だと感じる場所におけば、それでよい。個人の情報管理は、つきつめればそういう「どうでもいい」(どうとでもいい)さがある。それはきわめて不安定ではあるが、その裏返しとして自由でもある。

真に重要なのは、個々の項目を自分がどのように扱いたいと思っているのかを真摯に問うことである。ここで微妙な問題が出てくる。

「ちょっと余裕出てきたんで、中期的に考えたいことを整理しておくか」と考えたときに、真っ先に頭に思い浮かんだ「第一項目に置いておく」が、実は単なる思いつきでしかないし、もっと言えば惰性や構造からの(つまり環境からの)要請に過ぎない、という点である。つまり、「そうなっているから、そうしておこう」ということであって、それは結局そのような判断がもっとも楽だからに過ぎない。

アウトラインを「直接」操作しようとすると、往々にしてそのような結果となる。すでにある構造に沿わせる形で情報を「整理」してしまい、自分がそれらの項目を「どう扱いたいのか」を考えることをバイパスしてしまうのだ。

DoMA式の最も重要な要素は、「注意オブジェクトモデル」である。自分がどのような注意を持っているのか、どういう対象に、どのような注意を向けているのかをベースに構造を作り上げていく。だからこそ、アウトライナーというツールが役立つのだ。なぜなら、人の注意は時間によって変化するからだ。構造を変化させることが前提として組み込まれているアウトライナーは、まさにそのためのツールだとすら言える。

しかしながら、自分の注意は、注意しなければ見えてこない。行為をそのまま実行しているだけでは、把握できないのである。だから、直接それを実行するのではなく、「まず概要」を書いてみるのだ。そうすることで、その対象についてゆっくりと考えられるようになる。操作はその後でよい。

「効率性の悪魔」に取り憑かれていると、こうした作業はすこぶる非効率に思える。「だって、最終的に第一項目を操作するんでしょ。だったら最初からそれを操作しとけばいいじゃん」という声がどこからともなく聞こえてくる。その声は、インターネットのインフルエンサーのように自信に満ちあふれているので、うっかりと信じそうになってしまう。でも、そうじゃないのだ。その二つの行為は等価でもなければ、下位互換・上位互換でもない。

「まず概要から書く」

そこから駆動する思考がある。そうした一手間かけた思考を行わない限り、取りこぼしてしまうものがある。

そのような思考の価値を肯定することが、まずは私たちの出発点となるだろう。

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