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アイデアノートを時間をかけて混ぜ返す ideamixing

知的生産の技術

「走り書きメモ」をいかに扱えばいいか。

改めて論じるまでもなく、情報整理における長年の課題である。

では、「走り書きメモ」とはいかなる存在か。簡単に言えば、短いフレーズや一行程度の「アイデアメモ」のことなのだが、この「アイデアメモ」の定義が厄介である。「そもそもアイデアとは何か?」という深淵な問いに引きずり込まれていく。

ともあれ、ここでは「今進めているどのプロジェクトにも当てはまるものはなく、ルーチンや他の行為にコミットできる要素が見出せない着想」ということにしておこう。たとえば、こんなものたちだ。

断片的、あまりにも断片的。これを「アイデア」と呼んでいいのか少し不安になるくらいであるが、どう呼ぶかはさておき、こういう「着想」が一日に何度も生まれる。どうしても思いついてしまう。しかし、どれだけ思いつこうが、使い道がその時点ではわからない。よって判断を保留にしたまま、保存だけはしていくことになる。曖昧な恋愛関係に少しばかり似ているかもしれない。

もちろん、そういう保留は長く続けるのはよろしくない。恋愛ではどうだか知らないが、走り書きメモではロストが生じてしまう。データが失われるのではなく、自分が見出す価値が失われる。つまり「どうでもよくなって」しまう。

上記は、だいぶ整理したEvernoteの「アイデアノート」であるが、それでも4600個の走り書きメモが保存されている。そしてもう、見返そうという気持ちはまったく起きない。

しかし、それでもいいのではないかと、あるとき考えた。そもそも思いつきすぎなのである。執筆の素材も、連載のネタも十分にある。もうこれ以上何を求めるというのか。使わなかったら使わなかったでいいではないか。あまりにこだわりすぎるのはアイデア貧乏性であるぞ、と自分に言い聞かせていた。

もちろん、正論である。そして、あらゆる正論がそうであるように、それだけで物事が解決することはない。

結局、なんとかしてこうして書き留めたアイデアノートを「活用」しようと試行錯誤し、しかしうまくいかないという結果を繰り返し続けていたのだが、先日ようやく光明が差してきたので、ここで共有しておこう。

向こうから来るようにする

結論から言おう。「アイデアノートの方から、自分のもとにやって来るようにする。それもランダムに」。これが答えである。

「アイデアノートを見返しに行く」という行為は、できる人ならばできるのだろうが、私はあまり続かない。なぜかと言えば、自分のアイデアノートよりも楽しいものが他にもいっぱいあるからだ(たとえばTwitterのタイムライン)。そうした誘惑がある中で、「よし、アイデアノートを見返そう」と決意したとしても、長くは続かない。あんまり楽しくないからだ。

よって、そのようなアクティブナ行動を要件としてはいけない。そうではなく、リマインダーなどと同じで「向こうからやってきてくれる」ことが望ましい。

では、どうすればいいか。その答えの一つがScrapboxである。これはもう完璧なツールだ。Scrapbox上で「考える」ことをしていれば、関連する(自分がこれまでに書いた)ページが表示される。つまり、こちらから探しに行かなくても、目に入るようになる。考えうる限り、最適な解決だろう。

しかし、この解決には一部問題がある。それは「Scrapboxにページを作り、書き込まなければならない」である。

何をあたり前のことをと思われるだろうが、話はそう簡単ではないのだ。たとえば、一行だけのフレーズを書いたページをScrapboxに作ってもほとんど効果は得られない。なぜならそこにはリンクがないからだ。Scrapboxの真価は、リンクの拡充によって発揮される。しかも、ハッシュタグ風なリンクではなく、「文章で書かれるリンク」が望ましい。

これはまったくもってごもっとものなのだが、そうしたリンクが整備されたページを書くことは簡単ではない。知的な高度さは不要だが、それでも「頭を働かせること」は最低限必要で、少しばかりの時間もかかる。

ここで思い出して欲しい。私は一日に何個も着想をメモにするのだ。それらすべてにページ化の処理を施せるかというと、これは否である。他にもやることはいっぱいあるのだ(タイムラインを覗く以外にもやることはる)。

よって、Scrapboxが最高のソリューションであるにせよ、思いつきすぎな私のアイデア問題を完璧に解決してくれることはなかった。どうしても、処理切れないものが出てくるし、やっぱりそれも時間が経てば増えていくのである。

ランダムにピックアップ

もちろんここで「自分の脳を、あまり着想を思いつかないように調教すればいいのでは?」という方向からの解決も思いつくのだが、物書きとしては自殺に等しいのですぐさま却下しておくべきだろう。となると、何かが必要だ。

しかし、その「何か」は「リマインダー」であってはいけない。リマイダーのように規則正しく繰り返されても面白くはないし、だいたい同じものが何度も目に入ると、脳は自然にそれを無視するようになってくる。だから何かしら、かき混ぜるような行為が必要だ。糠床のように、一日一回その「系」をかき回す装置が必要なのである。

そこで生まれ出たのが、以下のスクリプトだ。

アイデアノートをかき混ぜるPythonスクリプト – 倉下忠憲の発想工房

やっていることは他愛もない処理である。

まず、走り書きメモが箇条書きで並んでいるテキストファイルを準備する。マークダウン形式であれば「* hoge」というのが箇条書きの形式となるが、実際これはなんでも構わない。すべての行が同一の形式で統一されていればいい。で、このテキストファイル(以降は、アイデアノートと呼ぼう)にはアイデアがたくさん並んでいる。その時点では使い道がよく分からない、言い換えればまだ自分で十分に考えられていない、位置づけが不可能な書き込みが列挙されている。

スクリプトはそうしたアイデアノートに対して、以下のような操作を行う。

その行が箇条書きであるかを確認する
→もし箇条書きだったら30%の確率でピックアップする
→箇条書きでなかったら無視する(あるいは30%の確率に負けても無視する)
→ピックアップした項目が10個集まったら、以降はもうピックアップは行わない

このようにして10個のアイデアが重みづけを持ったランダムさで抽出される。完全にランダムでないのは、先頭からピックアップを行っているからで、単純に考えて先頭に近いほうが選ばれやすく、末尾に近いほど選ばれづらくなる。選ばれやすさに偏向があるわけだ。

そうして選ばれたアイデアは一日に一回、私宛にメールされることになる。私が朝一にそのメールを読むと、昔書いたアイデア10個と再会することになる。そこで、それらのアイデアについて考えてもいいし、まったく無視してもいい。どちらにせよ、明日になったら別のアイデアがまた私に通知される。そして、それが繰り返される。

ここでファイルの処理に戻ろう。ピックアップされた10個は、アイデアノート上で最後尾に回されることになる。つまり、次回のピックアップではきわめて選ばれにくい位置に移動する。しかし絶対に選ばれないというわけでもない。奇跡的な確率のもとで、同じアイデアが二度ピックされることも一応はありうる。しかし、現実的な確率ではないだろう。

よって、アイデアは順繰りに巡っていく。ピックされたら最後尾に移り、別のアイデアがピックされたらそれも最後尾に移る。こうして後ろに戻ることと、少し前に進むことがずっと続いていく。長い時間が経てば、同じアイデアともう一度巡り合うことになるだろうが、それには本当に長い時間が必要となるだろう。

それでいい。それでいいのだ。

外山滋比古は『思考の整理学』において、アイデアを寝かせることの重要性を説いた。すぐさま見返してもダメなのだ。自分がそれを完全に忘れてしまうくらいのタイミングで見返すことに意義がある。

それを考えると、今までの私のアイデアノートの見返しはあまりに早すぎたと言えるだろう。しかも、そんなことを毎日やっていれば、その場は「お馴染み」なものになり、新鮮さが薄れていく。つまらなくなるのも当然というわけだ。

さいごに

先ほども書いたが、こうして書き留められるアイデアたちは、「直近/喫緊で役立つものではない着想」である。よって、しばらく目に触れなくても何一つ問題はない。先ほども言ったように、むしろちょっと忘れているくらいがちょうどよいのである。

よって、このアイデアノートに新しいアイデアを書き込む際は、先頭ではなく、最後尾に記述する。なにせ先頭に書いてしまえば、ほぼ明日にはピックされてしまうことは必定である。さすがにそれは「寝かせた」ことにはならない。加えていえば、日々新しい着想を思いつくので、そうしたものを先頭に並べていけば、新参者たちばかりがピックされることは目に見えている。よって、最後尾である。「お前と、また会えるのを楽しみにしているよ」と送り出す気持ちでアイデアノートに書き留める。そして、邂逅のときを待つのである。

もちろん、そのときには自分が何を書いたかなんて、すっかり忘れているだろうけども。

消さないで消す

最後に補足を一つ。

書き留めたアイデアも「もういいわ、これ」と思うものもあるだろう。その場合は、その行の箇条書きのフォーマットを崩しておけば、以降ピックアップされることはなくなる。データとしては残っているが、ピックアップ対象からは外れるのだ。これは「消さないで消す」の精神に則った手法だと言える。

たとえあきらかに使わないだろうと思うことでも、書き留めた着想を「消す」のは心理的な抵抗が生じる。しかし、そうしたものが鎮座していると、見返しを阻害してしまう。そこで、ピックアップ対象から外す、という選択を取るのである。

私の場合は、スクリプトを使ってインデントが深くなっている行があれば、その行を抜き出して別ファイルに転記する、という動作を自動的に実行するようにしている。自分で明示的に「削除」の作業を行わなくても、Tabキーでインデントを一つだけ深くしておけば、明日には目の前から消えてくれる(でも別ファイルには残っている)。これはデジタルならではの快適さであろう。

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