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ストレッチ・ライティングのコツ

最近「ストレッチ・ライティング」なるものを行っている。といっても、ストレッチしながら物書きをすることではなく、単なるフリーライティングを(自分なりに)改造したものである。オブジェクト指向におけるオーバーライドな感覚だ。

使うのはアウトライナー。その日の日付プラス「ストレッチ・ライティング」という項目を作り、その下にいろいろ書きつけていく。

基本的には、今の自分が気になっていることを書く。GTDの洗い出しやブレインダンプと呼ばれる行為に近い。もやもやしていること、考えを整理したいこと、気になっていることについて、それぞれ項目を立てて書いていく。

私はだいたいワーカーホリックな傾向があるので、まずは「仕事について」という項目を立て、その下にぞろぞろ思いつくことを書いた。

それが一通り終わったら、次は「家族について」である。この項目の並びに分類学的な意味合いはまったくない。単に、私が連想的に思いついた順番に項目を作っているだけだ。だいたいにして、仕事について考えていたら、家族のことも考えたくなるだろう(だろう?)。その流れに従った、非常に恣意的な並びである。

それが一通り終わったら、また項目を立て、同じことを繰り返す。そして、一通り気が済むまで続ける。

これがストレッチ・ライティングのベーシックである。

項目を立てて書く

フリーライティングとの違いは、書き出す前に項目をとりあえず作ることだ。私の場合では、「仕事について」がそれに当たる。そうして指針を決めておき、書き出していくのだが、当然、ふらふらとさまよう私の頭は仕事以外のことについても思いつくだろう。気にせず、それもこの項目に並べてしまう。

別に「整理選手権」に参加しているわけではない。単に、頭の中をすっきりさせようとしているだけだ。書き出すことが目的であり、意義であって、適切な整理のプライオリティーは著しく低い。だから、書きたくなったそのタイミングで、書いているその項目内に書いてしまう。

もし移動したくなったら、後から移動すればいいだけだ(それがアウトライナーのよさでもある)。それに、そうして違ったことを書いたことから、新しい項目を作りたくなることもある。そうなったら、一段落した後でその項目を書けばいい。

ともかく「整理」にはこだわらないことだ。大項目を作ってみたものの、中身は一行だけでした、というのではあまりにも切ない(上に、非常に無駄なことをした感じがしてしまう)。雑多さを許容して、とりあえず書き上げてしまうのがストレッチ・ライティングのコツである。

再開 or 新規作成

上記のように、すっきりするまで書き出してしまうのがストレッチ・ライティングのポイントなのだが、問題は時間的制約である。時と場合によっては不十分な状態でやめなければいけないことになる。あるいは、時間があっても、自分の気力が追いつかないこともある。そうしたときは、途中で断念せざるを得ない。

もちろん、次の日に書き続ければいいわけだが、ここで困ることが起こる。以前の項目に続けて書くのがよいのかどうか。それが判然としない。

「2021年1月13日のストレッチ・ライティング」という項目を立てると、1月14日にはその項目に書き足しづらい雰囲気が出てくる。なにせその項目は「1月13日のストレッチ・ライティング」のためのものだからだ。その規範性に従うならば「1月14日のストレッチ・ライティング」という項目を立てるのが「正しい」気がしてくる。

しかし、気分的には「昨日の書き残しの続きを書く」のである。さて、どうするべきか。

個人的な感触では、連日で書くならば、当初の項目の中に続けて書くのがよいと思う。つまり自分の気分に合わせるのだ。そうした方が、項目と自分の気持ちにミスマッチが起きにくい。

それ以上に、書き残しの続きを書くときは、そこまで記述が膨れ上がらないものである。つまりボリュームが大きくない。だったら、前日の項目を一緒にまとめておくのがよいだろう。

再開 or 新規作成

では、一週間経った後に、何か出来事があり、再びストレッチ・ライティングしたくなった場合はどうだろうか。

「昨日の続きを書くならば、同じ日付にまとめておけばいい」という原則をそのまま適用すると、一週間後も「自分」という存在は地続きである。だから、同じ項目に追記したほうがよい、という「理屈」は成り立つ。たいてい、こういう理屈は役立たずなのであるが、今回も同様だ。

なぜなら、自分の気分的には「続き」ではないからだ。また一から書き始めたい気持ちがある。その際は、やっぱり新しく項目を作るのがよろしい。そうして、同じように書き進めていく。

その際に、絶対に避けたいのは「前回使った大項目をそのまま流用すること」である。このきわめて効率的な手法は、きわめて効果的にライティングの効能をズタボロにしてくれる。頭の中のもやもやしたものを出す効果が薄れて、ある規範性に従って内容を整えるような思考になってしまう。

だから、別の項目を新しく立てるならば、その中身もまた同様に新しく「考えて」作っていく。もちろん、結果的に重複してしまうのは仕方がない。というか、同じ人間が、同じような行動をしているのだから似たものが生成されるのは避けがたいだろう。しかし、結果として同じになるのと、はじめからコピペを持ってくるのとではまったく違うのである。

もし新しい項目を立てるならば、新しい中項目をそのときに考える。逆に続きの気分で書くならば、既存の項目に追記して書く。そういう「使い分け」が大切でないかと最近考えている。

単一の原理に従う必要はない。我々はマルチプルな原理性を自由自在に使っていけばいいのである。

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