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おくもるさま

それは最初、小さな雲だった。時間と共に膨れ上がったその雲はやがて日本中を覆い始めた。全国の日照時間と気温が変化し、深刻な問題になることは敏腕科学者でなくても予想できた。政府も対策に乗り出したが、ろくな手はなかった。なぜそんな雲が発生し、上空に留まり続けているのか誰にもわからなかったのだ。

さまざまな科学者が、さまざまなデータを分析した。そのほとんどはまっとうな視点だったが、有意な関連性は見いだせなかった。一人だけ、在野の社会学者が突拍子もないことを言い始めた。「日本で起きた犯罪が多い日ほど、雲が厚くなっている」

どう考えても見せかけの関連性だった。しかし、反証しようとすればするほど、その科学者の推測が正しいことが確認されていった。その雲は、良いことをすれば薄くなり、悪いことをすれば厚くなった。人々の功利に反応する。そんな雲だったのだ。

いつしかその雲は「おくもるさま」と呼ばれるようになった。

問題の解決は一つしかなかった。人々が良いことを行い、そして悪いことを減らす。それだけだ。あらゆる気候対策は無意味だった。むしろ、そんな対策は雲を厚くするだけだった。

日本政府からの通達はなかった。もちろん、通達する計画はあったのだ。諮問会議も行われた。しかし、その会議の開催で雲は少し厚くなった。通達を出していたら、どうなっていたのかは明らかだった。

メッセージのないメッセージを誰もが確認した。これは強制されるものではない。いや、強制されてはいけないのだ。

当然のように犯罪者はこれまで以上に白い目で見られた。そいつらが存在するだけで雲は厚くなり、国の状況は悪くなった。しかし、人々はいつしか気がついた。犯罪者を迫害し、攻撃すればするほど雲が厚くなってしまうことを。迫害は憎悪を呼び寄せ、次なる犯罪も喚起してしまう。悪循環だ。

法律を変えることはできなかった。マスメディアによる動員も不可能だった。そうした行いが雲をとてつもなく分厚くしてしまう。人々は、自分の頭で考え、身近な人と話しあい、自分たちで決定するしかなかった。

少しずつ犯罪者は援助され、応援されるようになった。社会復帰が言葉通り目指されるようになった。それが最終的に雲の厚さを減らす一番良い方法だと多くの人が気がついたのだ。

簡単にはいかなかったし、納得できない人も多くいた。でも、そうするしかなかったのだ。

今でも上空には雲が漂っている。少しだけ日は遮られているが、それでも暮らしは維持されていた。

そうしたところで、犯罪が撲滅されることはなかった。あいかわらず日本では犯罪が起きている。その分、少し雲は厚くなる。でも、それが連鎖的に広がることだけはなくなった。

雲と付き合わざるを得ない人々は、それを受け入れるしかなかった。

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