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今さらのタスク管理について

四月が一番残酷な月だとすれば、五月はそれよりもいくらかはマシな月だと言えるだろうか。

我々の前には荒野が広がっている。

さんざんに荒らされた後の荒野が。

そこでため息をついてしまうのは、やむを得ないだろう。

しかし、僕たちは自分の庭を耕すしかない。

たとえそれが荒野であったとしても。

十分にため息をついた後は、自分の仕事をするだけだ。

今、タスク管理について何が言えるだろうか。ツールは山ほどあり、技法は散らばっていて、思想は整理されてすらいないこの状況において。

とは言え、一番の問題は「目的」である。

タスク管理の目的は何か。それをどの程度描写できるだろうか。

「生産性を高める」とあなたは言うかもしれない。しかし、「そんなものを高めてどうするんだ?」と返ってくるまなざしをどう乗り越えるべきだろうか。「結局それは資本家に貢献しているだけだろう」(*)という諦めにも似た情感を無下に切り捨てるわけにはいかない。まさしくそこには真理が含まれているからだ。
*心の中の資本家、ということもある。

ここ10年で、ノウハウが謳う「夢のような人生」が、結局自分とはぜんぜん関係ないことを痛感してきた人は多いだろう。そういう人にいまさらタスク管理とかライフハックという言葉は響かないだろうと思う。「そんなことよりも、hogehoge」という心の声はきっと強く、大きい。

そんなときに、「そういうちまちましたことはやめにして、もっとhogeで生きようぜ!」という誘いは心地よく響く。だれしも面倒な管理などしたくない。それをしないで済ませる人生への切符があるならば、ぜひともそれを掴みたいと思うのは自然な心情でもあろう。どれだけ高くつく免罪符であっても、「プライスレス」なものに叶うはずがない。

でも、本当にそれでいいのだろうか。何も「あなたの本当の人生を取り戻そう」と大げさなことを言いたいわけではない(大げさなことは、たいてい大きな嘘を含んでいるものだ)。そうではなくて、自分の近しい人たちとそれなりうまくやっていくための方法、あるいは自分で決めたことをそれなりに実行するための方法。そういうものを手にしておくことは、有用ではないか、という話だ。

そういう方法が持っている力は、非常に限定的である。華々しく人生を変えることもないし、大きな成功が秒速でやってくるわけでもない。にもかかわらず、それは結構な手間を要求する。コスパが悪い。割に合わない。

でも、私は思うのだ。人間が生きるとは、結局はそういうことなのではないか、と。もう少し言えば、社会的な動物としての人間は、そういう側面を避けがたく持っているのではないか、と。どれだけ人間が「自由」な存在だからといって、社会的な関係性をまったく無視するのでない限り、そうした手間はある程度は引き受けざるを得ないのではないか、と。

であれば、我々が今いきる2022年の「タスク管理」の目的とはなんだろうか。

ばりばり仕事をこなすこと、でないことは間違いない。そうした目的の追求は、見えないところで弊害を生むことはここ10年で皆が体験してきたことであろう。

かといって、「天衣無縫」で生きることが目的でもない。そもそも「天衣無縫」と「管理」は根本的に逆方向を向いた思想である。それを無理につなぎ合わせたら、どちらにしろ中途半端なものができ上がってしまう。あるいは、実際は「管理」しているのに、そうでないフリをすることになる。こちらは非常にタチが悪いので注意が必要だ。

上記のような目的ではない、新しいタスク管理の目的。それは一体なんだろうか。

ここで「自己コントロールを最大限発揮すること」としてしまうと、大きなトラップにはまりこんでしまう。「やりたいことをすべてやる」ことは決して良いことではないのだ。そういう他者性が欠如した思想は、メンタル的には良くても関係性的には最悪の状況が生まれるだろう。

拙著『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』では、「人生の舵を取ること」と呼んだ。これはなかなか良い塩梅だと思う。舵を取ることでコントロールはできるのだが、しかし嵐を消せるわけでもなければ、すぐさま目的に到着できるわけでもない。外部的な環境はあくまで、自分の他者として存在している。それを認識した上で、それでも「目的地」を目指そうとすること。それがタスク管理、ひいてはセルフマネジメントの目的であろう。

予想外の新天地に到着した船も、無作為に海上を漂っていたわけではない。どこかに向かっていたのだ。ただ、たどり着いた場所が予想とは違っていただけだ。到着するためには、向かわなければいけない。向かおうとしなければならない。わかりやすい話である。

だからそう、舵を取ろうではないか。

最後に書いておこう。タスク管理に過剰な期待をしてはいけない。それはクラブ活動におけるマネージャーのような存在である。有能なマネージャーが入れば、部員の力が発揮されやすくなるが、しかしそれだけで試合に勝てるわけではない。試合に臨むのはやっぱり選手なのである。

タスク管理のスキルが上達しても、肝心の仕事のスキルが上達しなければ、「成果」は上がらない(あなたがタスク管理のスキルを販売している人ならば話は別だが)。だから、タスク管理は有用であっても、必須なものではないし、スキルを磨くための時間をすべて投下すべき対象でもない。

ごく基礎的なことを学び、あとは実践の中で自分のやり方を育んでいけばいい。それだけの話だ。

もちろん、その「それだけ」が存外に難しいわけではあるのだが。

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