2005年9月21日初版のこの本のサブタイトルは「ヒトの行動の思いがけない理由」である。
人がある行動を取る理由が理解できれば、習慣の形成や悪癖の改善に役立つに違いない。
行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書) |
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その名の通り「行動分析学」という学問の入門書的位置づけで書かれた本である。
その「行動分析学」の定義は本書より引用すると
p14
「人間や人間以外の動物の行動には、それをさせる原因があるのであり、行動分析学はその原因を解明し、行動に関する法則を見いだそうとする科学なのである。」
となっている。行動そのものに焦点を当てているのがポイントである。それは次の例で見ると従来の「医学モデル」との差がはっきりと見えてくるだろう。
なぜタバコが止められないか?
あなたが新年早々に禁煙を決意したとする。しかし、その強い決意も虚しく1週間後には口にくわえたたばこに火を付けていたとしよう。そのときに、なぜタバコが止められなかったのか、という原因に「意志が弱かったから」という説明は果たして適切だろうか。
つまり、
「意志が弱かったから、タバコを止めることができなかった」
という文章はどれだけ意味を持っているか、ということだ。
この文章はよくよく考えてみるとほとんど何の意味もなしていないことに気がつくだろう。
「原因」と「結果」が循環論に陥っている。
序盤の「意志が弱かったから」は「禁煙を決意したのにもかかわらずタバコを吸ってしまった」という状況から導き出された性質の説明でしかない。
つまり、禁煙を決意して実行できない人間→意志の弱い人間というわけだ。でタバコを止められない理由が「意志が弱いから」では説明がループしてしまう。
このあたりの「原因」の錯覚についてはp31よりの引用を読んでもらえればよいだろう。
「意志」や「やる気」や「性格」は行動に対してはられたラベルであり、実体はそれが指し示す行動と同じであるから、これらが行動を説明する原因ではないのである。
では、いったい何が原因なのだろうか?
行動の基本原理
行動分析学の基本的な考え方は「行動は行動のもたらす効果によって影響をうける」というものだ。これらを4つのパターンで分類すると以下のようになる。
好子:出現→行動の強化
好子:消失→行動の弱化
嫌子:出現→行動の弱化
嫌子:消失→行動の弱化
非常に簡単にいうと、ある行動を取ることによって自分にとって望ましいものが出てくればその行動は強化される。逆に望ましいものが消えればその行動は弱められていく、ということになる。「自分にとって望ましいもの」が「自分にとって望ましくないもの」に置き換わった場合、強化と弱化がそれぞれ逆になる。
この4つのパターンを知っているだけで、人間の行動はかなり理解できるようになる。
簡単に本書で挙げられている例を二つほど挙げておく。
直前 行動 直後
よく見えない→メガネをかける→よく見える
直前 行動 直後
説教されている→「すみません」と言う→説教されていない
このように行動の前後で、状況に変化があればその行動は強化あるいは弱化していく、ということだ。
では、実際にどのようにして行動を変えていけばよいだろうか。
なぜ、ビジネス本を何冊も買ってしまうのか
本書第三章である「行動をどのように変えるか」には興味深い話が詰まっているが、印象的な部分を一つだけ引用しておく。これは指示を受けた人間がなぜそれを実行しないか、という現象の説明である。
p83
行動の原理から考えると、指示を出すことによって行われる可能性が高い行動とは何か。それは、言われたことを遂行する行動ではなく、「はい、わかりました」と仕事を引き受ける行動である。
つまり、指示を出すという行為によって導かれるのは「了解しました」という返事を出す行動であって、その指示を実行することではない、ということになる。
直前 行動 直後
指示を出される→「はい、わかりました」と返事をする→指示が出されない
返事をすることで、その前後の状況が変化しているのがわかるだろう。これによって返事をするという行為は強化されていくが、指示を実行することには影響は与えられていない。
このモデルはさまざな現象に応用できる。
例えば、あなたがいろいろなビジネス本をついつい読んでしまっていて実行に移せていないとしても何ら不思議ではない。
直前 行動 直後
知識がない→ビジネス本を買う・読む→知識がある
このようにビジネス本を読むことで前後の状況が変化する。しかし、実行に移すことには何ら影響を与えない。ただ、買って読むことだけが強化されていってしまう。この買って読むだけのサイクルの中にはまってしまえば本棚に本は並んでいくが、自分の行動は一切変化させられない、というビジネス本マニアになってしまうだろう。
求めるべき結果、状態をまず定めて、どうすればそれが強化できるかをじっくりと考えることが必要だ。部下に指示を実行してもらいたいならば、怒りを持って指示を出すことではなく、指示を出したあとのフォローについて考える方が適切である。
ビジネス本でも、読んだ後の行動を設定しておかないとまず読みっぱなしになってしまう可能性は高い。
まとめ
新年の目標を立てられた方は多いだろう。しかしながら、ちょっと考えて見みて欲しい。
直前 行動 直後
目標が無い→目標を立てる→目標がある
目標を立てただけで、満足していないだろうか。目標を立てることと、それを実行するのはまた別の作業である。
あいまいな指示を具体的な行動のレベルに落とし込むことを「行動的翻訳」という。これは指示を出す場合に心がけた方がよいことだが、これは自分の目標にも当てはまることだろう。大きな目標を立てたならば、それを具体的にどう実行するのかということを明確化させる必要がある。実行の積み重ねを「習慣」として捉えるならば、まさに次に得るべき習慣は何か?を考えることは目標作りをした後の次のステップになるだろう。
合わせて読みたい:
前回紹介しておいてややくどいかもしれないが、「なぜ、ノウハウ本を実行できないのか?」はここで示した行動分析学と近しいものがある。「本を読むこと」と「実行すること」はまったく別のこと、を基本にして考えれば自ずと「では実行するためにはどうすればよいか?」という疑問が湧いてくる。その疑問こそが「ビジネス本ラットレース」からの脱出の手がかりになる。
なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本 |
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門田 美鈴
ダイヤモンド社 2009-12-11 おすすめ平均 |
最近Twitterがますます面白くなってますね。世間的な盛り上がりとはまったく別に、自分の関心と近い人たちの言葉に触れることで、どんどん思考に広がりと奥行きがでてくるような感覚を得ています。しかし
直前 行動 直後
狭い考え→Twitterに触れる→やや広い考え
では、行動に結びつきませんので、少しずつでもアウトプットして行動と思考に変化を与えて行きたいと考えています。
One thought on “書評 行動分析学入門(杉山尚子)”