最近発見したHeptabaseがあまりにも見事にデザインされているので驚いている。
現状は有料のサブスクリプションだけなので、参加するのは少しハードルが高いかもしれない。とりあえず、使用例の動画が公開されているので、雰囲気はそれで掴めるだろう。
軽く見ただけで、「情報を使って考えるとはどういうことか」がイメージされてデザインされているのがわかる。そのイメージ、つまり「ナレッジワーク」における情報の扱いがようやくツール上で実装されるに至ったのは感慨深いものだ。
とりあえず、少し機能を見ていこう。
Journal
このHeptabaseは4つのビューを持つ。Journal, Map, Card library, Tagsの4つだ。
Journalは、名前の通り「日誌」に該当するビューで、それぞれの日付の「デイリーページ」がタブで切り替えられるようになっている。
エディタはブロックタイプになっており、Notionのそれに近い。「/」を入れればコマンドの補完が行われるし、マークダウン記法で修飾もできる。
Roam ResearchやLogseqのようなアウトライナーにはなっていないのだが、「* 」と入力すれば箇条書きリストがスタートするので、リストを多用する場合なら、それを使うことになるだろう。もちろん、箇条書きリストにしなくても、すべてのブロックはドラッグで操作可能である。
基本的に日常的な「メモ」はこのJournalに書いていくことになる。
ここまではよくあるツールだ。
Map
続いてMapのビューだ。ここには「ホワイトボート」の一覧が表示されている。そしてこの「ホワイトボード」こそがHeptabaseの主戦場である。
まず、Map上の任意の地点をダブルクリックする。すると新しいホワイトボードの作成ボタンが表示されるので、それをクリックする。すると、新しいボードがまず作成される。
この動作に注目していただきたい。一般的にこうした動作ではまず「名前の入力」が求められるはずだ。しかし、今から作ろうとしているものが何かがわかっていないことは多い。そういうときに名前を付けろと言われても困ってしまうのだ。
その点Heptabaseでは、作成した時点のタイムスタンプがホワイトボードの名前として自動設定される。もちろん、その名前は後から編集可能である。
このような「名付けの後先」は非常に細かい問題である。しかし、日常的に使っているとたいへん気になる問題でもあるのだ。このような「後から名付け」が許容されている点を見ても、ツールの開発者たちが、このツールを実践的に開発していることがわかる。
さて、Map上に作成されたそのホワイトボードをクリックすると、ホワイトボード画面に移る。
このホワイトボードにカードを並べていくのが、Heptabaseの一番の使い方である。そのカードは、ホワイトボード上で新規作成することも可能だし、すでに作ってあるカード群から選んで挿入することもできる。
一般的なボードアプリの場合、カードの作成はボード上だけで行われ、そのカードの「住所」は基本的にそのボードになる。それとは別のボードにカードを配置する場合は「コピペ」が必要になるし、ボードを削除してしまうと、一緒にカードも消えることになる。
Heptabaseは、その点が異なる。カードとホワイトボードは別のレイヤーとして存在している。ホワイトボード上にカードを移しても、それはミラーコピーが作成されるだけであって、「住所」は相変わらずカード群(Card library)になっている。
また、どこかのホワイトボード上でカードを新規作成しても同じだ。そのカードはCard libraryに保存されているので、仮にそのホワイトボードを削除してもカードそのものは残る。別のホワイトボードに挿入することも容易だ。
つまり、私たちユーザーは、せっせとカードを作成し、必要に応じて任意のホワイトボードを作成し、そこにカードを並べて情報を「整理」する、ということを日常的に行うわけだ。
その日常的なカードの作成において、Journalが活躍する。日々作成したメモからカードが簡単に作成できるようになっているのだ(範囲を選択してボードにドラックするか、コンテキストメニューでカード化を選べばいい)。
Mapビューは、このようなホワイトボード群を一覧するためのビューである。基本的にすべてのホワイトボードはこのMapビューで閲覧できるし、また新規ホワイトボードはこのMapビューからしか作成できない。もっと言えば、Mapビューで「なんとなくこの辺かな」という場所をダブルクリックすることでしか作成できない。つまり、ホワイトボードは必ず「配置」されるようになっている。自分で任意の場所を決めるようになっているのだ。
すでにこの作業自体が、一つの「整理」になっていることは言うまでもないだろう。情報整理というよりも、思考整理と呼ぶほうが近しい知的作業が行われているわけだ。
ちなみに、あるボードを別のボード内に「move to」することもできるが、これはあまり多用しない方がよいだろう。よほど巨大な構造物を造るときか、あるいは直近では参照しないものをアーカイブするときか、そういう用途を除いて、できるだけ自分が触っているホワイトボードは一覧できるようにしておいた方が望ましいように思う。
Card library
Card libraryは、これまで作成したすべてのカードが一覧できるビューである。カードスタイルで表示されるビューと、タイムライン形式で表示されるビューの選択ができる。また、所属しているホワイトボードごとの絞り込みが、任意で設定できるタグによる絞り込みなどもできる。
さらに、カテゴライズされていない(ボードに所属していない、タグづけされていない)カードを抽出することもできる。
カードに対する基本的なこのビューから可能である。
Tags
Tagsは、自分がつけたタグ一覧になっている。タグ名をクリックすれば、Card libraryでの絞り込み結果が表示される。
tab
もう一つ、特殊なビュースタイルとして、複数のカードを選択した状態でコンテキストメニューから「open in new tab」を選択すると、それらのカードをマルチペインで開いたビューになる。
複数のカードに限定して、知的作業を行いたい場合に活躍するビューだろう。
ちなみに、このタブはホワイトボードと同様に左サイドバーの「Working Tabs」に置かれる。Journal, Map, Card library, Tags が固定的(static)なものであるとしたら、Working Tabsに並ぶ、ホワイトボードとタブは、そのときどきで変わっていく変動的(dynamic)なものである。こうした二種類の情報の「置き方」があるのもきわめて示唆的である。
ナレッジワークのプロセス
Heptabaseは、はっきりとナレッジワークのプロセスを意識している。
まず、日々こまめに、雑多にメモしていくこと。次いで、それらを素材にしてカードを作ること。そして、そのカードを配置して、情報を整理すること。基本的にこの大きなラインが念頭にあり、すべての機能がそこに向けてデザインされている。
ナレッジワークでは資料の補完や整理も必要だが、実際はもう一歩踏み込んだ「知的作業」が必要なはずである。そして、その作業は情報にタグをつけているだけでは終わらない。複数の情報を並べ、そこから新しい何かを見出すことが求められる。
この「並べる」には、一次元の配置(たとえばアウトライナー)もあるが、二次元の配置(たとえばMiro)もある。Heptabaseが採用しているのは、二次元の配置で、さらにそうして作成される「配置」(ホワイトボード)もまたメタ的に配置されることになる(Mapビュー)。
そうした「配置」を扱う作業では、あきらかに「理解」に関わる作業が行われている。日々書き留めたメモを使い、それを素材に変換して、そこから理解へと進むワークフロー。Heptabaseではそれが念頭に置かれている。
情報の区分け
もう一点取り上げたいのが、Heptabaseでは「カード」という情報単位を設定している点である。
Journalに書き留めたすべての項目が、即座に「ライブラリ」に保存されるわけではない。そうして書き留めたものの中から、自分で選んだものだけが「カード」になる。
デイリーノートをつけている人ならばよくわかるだろうが、私たちが日々書き留めるメモはだいたいにして雑多である。特定の目的にはほとんど役立たないものがたくさん含まれている。とは言え、それを事前にフィルターしていたのではメモの役割は激減する。まず書き留めて、そこから判断するのが一番効果的なアプローチである。
しかしながら、Roam ResearchやLogseqは、すべての行が「ライブラリ」に含まれてしまう。具体的に言えば、検索対象になる。さすがにそれは大げさすぎるというか、大ざっぱすぎるのではないか。
その点、Heptabaseでは、エディタ内@をつけて言及できるものはカードになったものに限られる。Card library内での検索でも同様だ。
つまり、検索したくないものや小さすぎると判断した単位はそうした検索からは除外されるのだ。「ライブラリ」に含まれるものは、厳選される。もっと言えば、「自分で選んだもの」しか入らない。すべてをメモしておきながらも、カードになるものは厳選されるという手間のかかる二段構えは、しかし、私たちが扱う情報の性質を考えれば、しごくまっとうな帰結ではないだろうか。
Heptabaseでは、日々のメモ→カード→ホワイトボード→マップ、がそれぞれ別のレイヤー(場)として扱われ、それぞれに対する情報操作も違うものが与えられているのだ。
もちろん、Heptabaseが選択したこれらの機能がナレッジワークにとって正解なのか、あるいは唯一の解なのかはわからない。というか、きっとそんなことはないだろう。しかし、このように実際的なワークフローに注目した形でツールがデザインされていることは、一つの明るい未来をイメージさせるのに十分である。
一つの転換点
Evernoteは、資料やドキュメントを一ヶ所に集め、それらを任意の軸で整理できる環境を与えてくれた。特に、情報の「入り口」の機能に関しては今でも他に類を見ない便利さを持っているツールである。
一方で、そこで行われるナレッジワークの形はそこまでバリエーションが広いとは言えない。テンプレートの中身を埋めるか、エディタに文章を書き下ろすか、その程度である。
WorkFlowyに目を移せば、「情報を配置」することはきわめて長けている。「入り口」の機能は貧弱であるが、それでも一度その中にいれてしまえば、自由に操作が可能だ。Boardビューを使えば、情報を横に並べることもできる。
ただし、WorkFlowyでは基本的に再帰的に情報構造が作られる。言い換えれば、どのレイヤーに移動しても機能は基本的に同じである(むろん、それが強いメリットでもあるわけだが)。
また、その再帰性によって、すべての項目が検索対象になってしまい、任意の(あるいは選りすぐった)項目だけを名指すのが非常に難しくなっている。情報を保存する量が多くなってくると、これはなかなかの欠点となる。
そこで出てくるのが、ワークフローのプロセスごとに「切り分け」を発生させる考え方だ。Heptabaseではそれが行われている。
もちろん、これが最高の答えであるかはわからない。しかし、今までのツールでは欠けていた視点ではあるだろう。すべてを同じ情報構造で処理するのではなく、そのプロセスに合わせたビューを用いること。
おそらくではあるが、今の若い世代はデジタルツールで「情報処理」や「知的作業」を行うことが当たり前になっているだろう。むしろ、そういう世代ほど「ナレッジワーク」とは何かを強く意識しているかもしれない(少なくとも回ってきた書類にハンコを捺すことだとは考えていないはずだ)。
そういう感覚において作られるツール、つまりデジタルネイティブの感覚によって開発されるツールは、アナログツールのメタファーを経由しなくてよい分、よりデジタルに親和性のあるものになるのではないだろうか。
なんにせよ、これから出てくるツールたちは、どんどんと新しい思想をまとって飛び出てくるだろう。それは実に心躍る未来像である。